IGO大学体育会美食道部
□如月
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【2月】
「よっしゃあ!ナイスパンチ!」
「オッケーです!ガードしっかりできてますよ!」
マネージャーの小松さんまでが声を荒げる試合会場内、私は1人想定外の事態に立ち尽くしていた。
(お、応援って、どうやるんだろう?)
※ ※ ※ ※ ※ ※
ここは都内中心部のとある体育館の中。
『第53回全日本美食道選手権』は6つのコートで試合が同時進行されていた。
ココさんの出場するミドル級の第一試合が始まり、私達は少ない人数ながらも精一杯のサポートを、と皆で声を張り上げる。
(あ、ゼブラさんはいつも通りだな、うん)
ところが、この応援、実は私が思っていた以上に大切で難しい事だったらしい。
味方が攻撃を出せば、クリティカルヒットだと歓声を上げ(たとえガードされたと分かっていても)、逆に攻撃を食らった場合はガードがうまく出来た事を褒めてフォローする(もちろん、例え攻撃が当たっていても、だ)
そうやって、コートの四隅でポイントをカウントしている審判に少しでも味方の優勢をアピールするのが周りの仕事だと、今知りました…。
トリコさん、酷い
いや、そこまで考えが至らない私が悪いのか…?
「相手のガード、下がってきてっぞ!」
「行けコラ!今だ!」
皆が的確な応援を飛ばす中私は1人固まっている。
な、何を言えば良いんだろう?
ファイト!ぐらいしか思い付かない。
だってぶっちゃけ今のココさんの試合、何が起きているのかを目で追うだけで精一杯だ。
変な内容の声援を飛ばして審判の印象を悪くするよりは、ここでおとなしくしといた方がむしろ良いのかも…、あぁ、どうしよう。
「亜弥お前、何ぼさっと突っ立ってんだよ!声出せ!声!」
「は、はい!ココさん!ナイスです!」
「いや、何がだよ?!」
瞬時にトリコさんに突っ込まれる。
「す、すみませんっ」
「ま、そういうのも面白いか?」
サニー君が突然ぽんと手をたたく。
「てめぇら、調子に乗んのか?まぁいいだろう」
ゼブラさんまで意味不明な事を言い始める。
「は?何がですか?」
「よし、そうか。いけー!ココ!目からビーム出せー!」
「は?」
「おらココ、いつもみたいに口から毒霧吐き出してみろや!」
「え?あの、ゼブラさん?」
「美しく舞え、ココ!華麗に!つくしく!ビューティーにな!」
「なになに!?どういう事?」
「試合終了!」
突然の皆の変貌に私があっけに取られている内に、いつの間にか3分が過ぎてしまっていたらしい。
主審がココさんと、対戦選手の腕を取る。
「判定!」
副審達は全員がココさん側の旗を上げた。
「いよっしゃぁあ!」
途端にトリコさんたちが歓声を上げる。
お互いに礼をして、コートにも一礼をしたココさんが、小走りにこちらにやってくる。
「お疲れ!」
「お疲れ様です、ココさん!」
口々に声をかけるトリコさんたちを見て、ココさんはポツリと呟いた。
「…未だかつて聞いたことがない程、品の無い応援だったよ」
「ハッハッハ!良いじゃねぇか、ポイントは完全にこっちがリードしてたんだから、あれくらいの方がお前も緊張がとれて良かっただろ?」
トリコさんがバンバンとココさんの肩を叩く。
「動物園にいる猛獣の鳴き声の方がまだましだ」
ココさんの毒舌は止まらない。
「まぁまぁ。とにかく初戦突破おめでとうございます!さ、ケガはないですか?あちらでアイシングしましょう」
こんな時の小松さんは誰よりも的確だ。
確かに、準決勝と決勝戦は午後からまとめて行われるらしいが、それまでは立て続けに試合が組まれている。こんなところで世間話をしている暇はなかったのだ。
私も、ミットとスポーツドリンク、タオルを持って、慌てて小松さん達を追いかけた。
―ココさんは、結構ギリギリまで減量に苦しんでいた。
試合前の体重測定までは水分すら摂らなかった程だ。
かといって、測定をパスした瞬間にいきなり大量に食べ物を摂取しても逆に調子が狂ってしまう。
決してコンディションは万全ではない。
それでも、ミドル級に落とした結果、体格面でココさんは有利に立てている。
ヘビー級はトリコさんが普通に見えるくらいゴツいムキムキした選手が沢山いて、私は今更ながらココさんが減量してまでミドル級を選んだ理由に納得した。
そうか、テレビのドキュメンタリー番組で時々、ボクシング選手が減量に苦労する様子なんかが特集されたりするけど、あの人達もそういう理由で階級を下げようとしてたのか。
そうまでして、勝ちたいんだ。
私は、いつもより少し引き締まった彼の背中を後ろから眺める。
勝ちにこだわるその姿は、私の知らない世界に生きる彼の新たな一面だった。