IGO大学体育会美食道部
□睦月
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「おでん、ですか?」
「はい!」
部活終了後、今年最初の部費徴収を終え、「ブヒブヒ」連呼する面々にひとしきりウケていたら、突然小松さんにおでんを食べに来ないかと誘われた。
「昨日から仕込んでたんで、多分そろそろ良い感じにダシが染み込んでると思うんです」
うほ
さすが小松さん、2日越しで調理をしたりするのか。
「お、ちょうど良い。そろそろ全日本の準備も始めねぇとな」
トリコさんがそう言って「よし、今から小松んちに集合だ」と宣言する。
「ぜ、全日本の準備?」
私はまさかと思いながらトリコさんを凝視する。
いくら『直前まで教えない』のが彼にとっては当たり前の事でも、私の器の問題なのだろうか、未だにそれに適応できず、こうして身構えてしまっている自分がいる。
またとんでもない準備が待ち構えているのか?いや、多分きっとそうに違いない。
「大丈夫ですよ、亜弥さん」
と、トリコさん見てビビっている私の目線を遮って小松さんが現れる。そして、私の心の中を的確に読み取ったのか、キラキラした瞳でそう言ってくれた。
「試合当日、僕達同行者の務めは選手を全力でサポートする事です。試合会場までのルート確認、ウォーミングアップの為に持ち込むミットの数や種類の確認、それからえーと、ドリンクや軽い食事の準備ですね。そういうのを事前に皆さんで確認し合いたいと思っています」
そう説明されて、私は突拍子もない準備ではなかった事にホッとするより前に感心してしまう。
「本当ですね。…全然思い至りませんでした」
応援なんて、会場に行って声援を送るくらいだと思っていたけど、そうか、そんなにできる事があるんだ。
そう思うと、途端に嬉しくなる自分がいた。
ただ声をかけるだけじゃなくて、もっと直接的なサポートが自分にもできるのか。
そうか
「部活終了直後でお疲れでしょうが、おでん食べて頑張りましょうね!」
「はい、小松さん!私頑張りますね!」
「亜弥お前、食いもんに釣られてやる気出すって、どんだけ現金なんだよ?」
トリコさんに突っ込まれて、思わず「違いますよ!」と言いかけたところでちょっと気恥ずかしくなる。
私でもココさんの力になれると思ったら思わず気合いが入ったなんて…言える訳がない。ないない。
「…ただの食いもんじゃないですよ。『小松さんの作った』食いもんです」
く、苦しいかな?
「まぁ、確かに、松の料理は美しいからな」
お、サニー君ナイス
「そうですよ。小松さんのお料理は美しいんです。じゃあサクサク行きましょう!」
良い感じに話題が逸れたので、私はここぞとばかりにさっさと移動を始める事にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「え!?ココさん、減量中なんですか?」
小松さんの部屋で大量のおでんを食べながら、何気なく「ココさんも来れたら良かったですね」と言ったら、「無理無理」と言われてしまった。
「あいつ、本当ならヘビー級でもいけるんだよ。ま、ギリギリいけるって感じだな。そういう場合はちょっと減量してミドル級に出た方が絶対良い訳だ。分かるか?」
トリコさんが口を大きく開けて、竹串に刺さったつくねを一口で食べる。
よく喉に竹串が刺さらないもんだ。
「…なんとなく、は」
私はすじ肉を串から外しながらそう答える。
「亜弥てめぇ、調子に乗ってんじゃねえぞ?分かんねえ時は分かんねえって素直に言いやがれ、コラ」
ゼブラさんもすじ肉を鍋から取り出す。
大きな口を開けて竹串をくわえ、閉じても開いてる左の頬から竹串を引っ張れば、見事に竹串だけが取り出されて、口の中には肉が残る。
何とも凄い光景だ。
「…分かりませんでした」
「あぁ!?もっとハッキリ言えよ!ハッキリ!」
「え〜?でもゼブラさんなら絶対聞こえてましたよね?」
「でめぇ何調子こいてんだ!?」
「多分今道場にいたとしてもきっと聞き取れてたはずですよ」
「上等だ!俺と組手してぇならそうとハッキリ言えや、コラ!」
「しませんよ。小松さんの部屋がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃないですか」
「あぁ!?んなの関係あるかよ」
「いや、そこはぜひありまくる方向で…」
小松さんの、乾いた笑いの混じる突っ込みにトリコさんがお腹を抱えて笑った。
「懐かしいな!ゼブラが初めて道場へ来た日を思い出すぜ!」