IGO大学体育会美食道部
□睦月
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【1月】
「ちょっとサニー君!キモい!キモいよ!?」
「はっ!んなワケねーだろ!いいから早く来いよ!」
「ヒドい!なにこれ!卑怯じゃない!?」
組手中に口喧嘩するくらいならむしろ手を出せ足を出せ、と思われそうだが、今はそうもいかない。
しばらく組手に参加していない間に、同期はすっかり自分のスタイルを確立し、私の最も苦手とするカウンター型ファイターへと変貌を遂げていた。
「ほら!さっさと来いよ亜弥!お前の攻撃にオレ様が美しく調和してやろう!」
ああ、このスタイルが美しく感じられるなんて、本当に彼のセンスは理解不能だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
鼻も完治し、気が付けば年も明け、まだ七草粥も食べてないこのめでたい時期にも関わらず、既に部員全員が道場に集結している。
正式な稽古始めは7日からだったが、せめて道場に来る順番くらいは1番になってやろうと三が日を終えてすぐに道場に行ってみたら、既にトリコさんがいた。
次の日には他の3人に加えなんとココさんまで合流して、そのまま通常練習が始まっている。
美食道バカだな
私も含めて、みんな
でも、1度しかない人生、バカが付くくらい何かをやり切るくらいでちょうど良いかもと最近思う。
ちなみに、トリコさんとゼブラさんはパワー型ファイターだ。
構えはどっしりと低く、真っ正面を向いてひたすら前に出る。2人で組手をする時に、わざと足を止めてその場に留まりラッシュの応酬をする姿はどうみても我慢比べをしている子供で、本人達の性格を良く表している。
それをキモいとずっと言っていたサニー君は、相手の攻撃に合わせてカウンターを繰り出すカウンター型ファイターを目指す事にしたらしい。
相手の攻撃を待ってから攻撃するという事はつまり後手に回る訳でかなりリスクも伴うし、そもそもカウンター攻撃をする事自体センスが必要だ。
それを美しいと思えるのは、つまり天性の素質がサニー君にはあるんだろう。
相手の攻撃が繰り出される瞬間それを見極め瞬時に対応するという行為にハマったサニー君は、益々独特の世界を確立しつつあった。
ちなみにココさんは当然バランス型ファイターになる。
格闘ゲームなんかで初心者が選びやすい、攻守共にバランスの取れたオールマイティーキャラの典型だ。
ファイティングスタイルはそのままライフスタイルとも言えるのかもしれないな。
そして
私にそんなものはまだない。
トホホ…
ただ、敢えて言うなら、サニー君よりもまだトリコさんやゼブラさんのファイティングスタイルの方が戦いやすい。
特にゼブラさんは、ほぼ防御は無視したスタイルで、私の攻撃を当てさせてくれるので本当に有り難い。
私みたいな格闘技初心者は、攻撃を当てる感覚すら経験を積まないと、どうしても怖くなってインパクトの瞬間に気持ちが逃げてしまう。
人を殴ったり蹴ったりするっていうのは、よっぽど喧嘩好きでもない限り、そんなに簡単には出来ないもんだ。
私がちょっと蹴ったり突いたりした位は屁でもないはずだから、こちらとしても遠慮なく攻撃を入れる経験が積めて本当に助かっている。
(あ、ちなみにココさんは「ホラ、今ボクのガードが甘いところはどこかな?そこを狙ってごらん」なんて指導を丁寧にして下さるが、私にはまださっぱり分からない)
「よし。じゃあ、選手交代といこうか」
「はっ、いいぜ!」
突然聞こえてきた声に振り向くと、そこにはココさんがいた。
彼とどんな顔をして会おうかと結構悩んでいた時もあったが、結局いつもこうしてついウッカリ顔を会わせてしまう。
「あ、宜しくお願いします」
「お願いしますじゃないよ。ボク達の組手を良く見て、対策を自分なりに考えるんだ。いいね」
「っはい!すみませんでした!」
ココさんは、来月頭にある全日本選手権に向けて、最近練習に来る頻度を増やしている。
きっと研究室の方も大変だろうに、そんな事全く感じさせない。
「サニー、カウンターも良いが、こっちの動きに集中しすぎると逆に動きが制限されるよ」
そんな事を言いながらココさんは、蹴り上げた右足を空中でスイッチさせ、左のハイキックを繰り出した。
サニー君はギリギリでガードしたが、それで彼のリズムは崩れてしまう。
そこに、フェイントを巧みに交えながら何度か蹴りを放てば、サニー君のカウンターも全く意味をなさないようになってしまった。
なるほど、カウンターのタイミングをわざと狂わせるのか。
よし、サニー君敗れたり!
ココさんの組み手を見て対策を練った私は意気揚々とココさんと交代する。
「えい!食らえっ…てうわわっ!」
「ハハハ!亜弥お前、新年早々馬鹿丸出しだな!んなバレバレのフェイントにオレが引っかかるわけねだろ!」
「確かに、それはフェイントにはならないな」
「ぐぅ」
…世の中、イメージ通りにうまくはいかないもんだ。