IGO大学体育会美食道部

□師走
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あれから、2分の休憩を挟んでは、5分の組手を繰り返す事数回。

道場中に散らばるミットはちょっとしたトラップ状態を作り出している。

それを楽しそうに避けながら組手を続ける4人を放っておいて、私は筋トレを始めた。


「亜弥さん凄いですね〜!入部当初に比べたら、ものっそい進歩じゃないですか!」

私の足を押さえて腹筋のサポートをしてくれている小松さんが、嬉しそうに誉めてくれる。

「ありがとう、ござい、ます」
 
腹筋のリズムに合わせてそれにお礼を言いながら、私は調子に乗って嬉しさが隠せない。
(もちろん、まだ全然こなせる回数は少ないし、それこそいい気になっちゃいけないんだろうが)
 
ちょっとした変化をまるで自分の事のように喜んでくれる彼の存在は、もうマネージャーの域を超えて、聖母になりつつあるんじゃないかと最近真剣に思う。

そんな彼が、私の足を押さえたままチラリと4人を見て、「試合を想定すると、流石にココさんもしんどそうですね」と呟いた。

「試合を想定?」

私も、キリのいいところまで回数をこなすと、起き上がって彼らを見る。

道場を走り回っている様子は、組手というよりはやっぱり「やんちゃ坊主のじゃれつき合い」にしか見えない。
(たまにゼブラさんがトリコさんやサニー君も攻撃してるのはご愛嬌だ)

ただ、ココさんもさすがに1対3は大変なのか、結構息が上がっている。


「いや、僕の思い込みかもしれませんが」

小松さんは相変わらず謙虚にそう前置きすると、道場中央を控え目に指差した。

「美食道の試合はポイント制ですから、1発の威力よりも有効打撃の数が勝負を左右します。ほら、今」

そう言われた先では、ココさんがトリコさんのパンチをくらっていた。

「見えました?技の威力はトリコさんの方が大きかったですけど、ココさんはカウンターでパンチを1発、去り際に蹴りを1発、トリコさんに入れています」

つまり、与えたダメージはトリコさんの方が大きくても、穫ったポイントはココさんの方が多いんです。

「…おぉ〜」

小松さん、すごい。

そう指摘されて改めて良く見てみれば、確かにココさんはあっちこっちから来る攻撃を楽しそうに避けたりくらったりしながらも、きちんとポイントを積み重ねていた。

「多分、年明けの全日本選手権に向けてやってらっしゃるんだと思います」

ポロリと、私の目から鱗が落ちた。

なるほど

ただの余興と見せかけて、これは真面目な練習だったのか。

後輩相手に1対1じゃ強くなれないから

あんな言葉で巧みに3人を誘って、掌(てのひら)の上で転がして

やっぱり彼は今日も真面目に練習をしてるのか

つくづく、大人だ

「っうわ!私、てっきり遊びだと思って、ミット投げまくっちゃいました!」

あちゃー
しまった
今からでも回収しに行こう
 
そう思いながら立ち上がると、慌てて小松さんに止められた。

「あぁっ、駄目ですよ!まだ鼻が治ってないんですから、今あっちに行ったら危ないです!」

それに、あれもきっと良い練習になるでしょうから、大丈夫ですよ、という小松さんの言葉に甘え、私はココさんを眺める。

1、2、3…

乱稽古をする彼を眺めながらポイントを数えてみると、確かに彼は穫られたポイントより、ちゃんと多くポイントを穫っている。

そうか、年明けに全日本選手権か…

後輩を叱咤激励する位だからこれで当然なのかもしれないけど、自分よりも下しかいない環境で上を目指すのって、大変なんだろうな。


「5分経ちました。次、2分計りますね〜」

小松さんの合図で4人が仲良く休憩に入る。
サニー君なんかはしゃがみ込んで休んでしまっているが、ココさんは平然とした様子で帯を締め直してから「そうだ」と、トリコさん達の方を向いた。

「この間、地区大会で二連覇するって言ってたけど、来年はトリコもゼブラも黒帯の部に出るんじゃないのかい?」

「何!?」

「てめぇそりゃどういう事だ?」

「来年中に黒帯が取れる目処が立てば、大会の時点でまだ色帯でも黒帯の部に出場できる。入賞すれば年明けの全国大会への出場権も手に入る。」
 
多分2人共、来年中には黒帯が取れるよ。

そう告げたココさんに、トリコさんもゼブラさんも目を見開く。

「全国大会、行きたいだろう?」

なんて、良い感じに疲れてきた所でココさんがまた巧みに2人を煽り始める。

「当然だぜ!」
「調子に乗るなよ!」

まんまと乗せられて元気を取り戻した2人はまた元気良くココさんに襲いかかって行った。


組手を見るのも練習の内だ。なにせ今日は自由練習の日だし。

私は自分にそう言い訳しながら、いつまでもそんな彼らの組手を眺め続けた。
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