IGO大学体育会美食道部

□師走
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【12月】

そしてまた日曜、自由練習の日


「だって、亜弥ちゃん1人怪我に耐えて頑張ってるのに、他の連中が楽してるなんて不公平だよね?」


王子さまはそう言ってにっこり笑った。


「確かに亜弥ちゃんはリーチも短いしジャンプ力もないし、残念な事にセンスもあまり感じられない。でも、だからこそ一番大変な思いをしていると言える」

そんな下っ端ボコボコにしていい気になってるなんて、たるんでるもいいところだよ
 
ね?とその下っ端本人にわざわざ聞いてくる王子さまには、きっとしっぽが生えているに違いない。

ベタな表現かもしれないが、黒くて、細くて、先っぽが三角をしたやつだ。

「あ、もちろん、別に辞めるならボクは本当にいつでも構わないよ」

その唇から毒のような言葉を吐きながら、童話のトムティットトットがそうするみたいに、彼はしっぽをクルクル回す。

こ、この展開は…
 
ラブコメ要素なんて微塵もない、いわゆる「友情・努力・勝利」的なスポ根オチという訳ですかね?


あ〜
 
ちょっと乙女的な展開も期待してたんだけどなぁ。

ホラ、ケガした私を思うがあまり、とか
私をこんな目に合わせたヤツらに制裁を、みたいな

んな訳なかった
これっぽっちもなかった

 
だあぁ、もう!

こんな人に惚れた私って本当に馬鹿!

(まぁ、気持ち自体は別に否定しませんけどね〜)

良いんですよ!その理屈に悪い所なんか何も御座いません!

「あの、一応言わせて頂きますけど!乙女の涙って高いんですよ!?」

あんな暴言を吐いてしまって以降、ちょっと私は彼に対して容赦がなくなった。


「ん?涙だったの?」

 
8:2で鼻水だと思ったよ

それに対する彼の毒舌も、益々磨きがかかるばかりだ。

私達のやり取りを聞いたトリコさん達が笑い出す。

益々ヒドい、ヒド過ぎだ

「サ〜ニ〜イ〜く〜ん?」
 
呪いの市松人形みたいに、首だけギリギリと動かしながら私はサニー君を睨みつける

「んだよ、鼻水」

「鼻水呼ぶなー!ちょっと、私の代わりにココさんから1本取ってきて!」

「おま、んなムチャな」

「いいから行くのだ!サニーロボよ!さぁ、行け!」

「誰がサニーロボだよ!?おま、バッカじゃねぇの?」

「う〜…じゃあ、トリコさん!」

「あ?」

「後輩のカタキを取るのは先輩の役目ですよ!」
 
行って下さい!
そう言ってビシッとココさんを指差す。
言っておくが、自分が行かないのは鼻のケガが完治するまでは組手禁止だからだ。
仕方ないのだ。決してビビっている訳ではない。断じてない。

「お?そうか、よーし、任せとけ!『鼻水』の為にもいっちょ一肌脱ぐとするか!」

「だから鼻水違いますって!」

「組手か?俺も混ぜろよ!『鼻水』の代わりは俺がやってやるぜ」

「…あの、一応私これでもいわゆる『鬼も十八番茶も出花』なお年頃なんですケド…」

どこかの三流漫才のような私達のやり取りを見ながら、ココさんはクスクスと笑う。

「そうだね。じゃ、久しぶりに乱稽古でもしようか?」

乱稽古?

ココさんは屈伸をしながら「一言で言えば、1対複数の組手だよ」と説明してくれる。

「サニーも入れると1対3か。これは流石に厳しいかな」

なんて言い方をして3人をその気にさせて、いきなりルール無用、使用範囲制限なしの組手が始まった。

「時間、計りましょうか〜?」

小松さんがそう聞けば、「じゃあ、5分でお願いしようかな」と言いながらココさんは道場中央へ走って行く。

1対複数の組手があるなんて、初めて知った。
小松さん曰わく、昇級試験も上のレベルになると組手の審査があるが、上級者の昇段試験になると更にその組手が1対複数になるらしい。

ウソかホントか、あの一龍会長は8段の審査の際に1対6で戦った経歴を持つそうだ。

「おーし!ゼブラ、オレがこっちから行くから、お前そっちからな!」
「あぁ!?俺に指図すんじゃねえよ!てめぇが勝手に俺に合わせてろ!」
「ちょ!ココ!てめ、なんでオレばっか狙ってくるんだよ!キショ!キショいって!」
「仕方ないだろ?1対複数のセオリーは『まず一番弱いヤツから叩く』だ」

「おまっ!クソ!」

「隙アリ!っどわ!」

「てめぇら、俺も入れやがれ」

うーん

これは…

試合の練習にはならないだろうが、何とも楽しそうだ。

よし!
ルール無用なら、私も援護射撃をしよう。

私はパンチングミットを1つ取ると、やった事もないピッチャーフォームで大きく振りかぶる

えい!
届け私の思い!

なんて念じながら投げたパンチングミットは、ココさんの後頭部に当たる直前で避けられてしまい、その先にいたゼブラさんの顔面にヒットした。

「亜弥…てめぇっ!!」

私がそんなゼブラさんのキレっぷりにビビる事などもうない。

私はそのまま笑いながら、近くにあったミットを手当たり次第に投げつけた。
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