IGO大学体育会美食道部

□霜月
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それから5日後

いい感じに顔の中心が青紫色になった私は、ちょっと周りの人に引かれていた。

同じ学科の子はみんな私が美食道をしているのを知っているので、これが練習中の怪我だと分かった上で「彼氏にDVされてるの?警察には早めに行くのよ」なんて笑いのネタにしてくれる。
 
何も知らない周りの人がそれを聞いてはビックリするのを、私はむしろ楽しんでいた。


※ ※ ※ ※ ※ ※
 

日曜日、自由練習の日、久しぶりにココさんが道場に姿を表した。

そして私の顔を見てびっくりする。

一生懸命部活に取り組んでいる証(あかし)のような、自分の弱さの象徴のような今の状態に、取りあえず私はへへへと笑うしかない。

「病院は?行った?」

「いえ?」

開口一番でそう聞かれ、私は首を傾げながら返事をする。

だって血はすぐ止まったし、もう痛みもない。
これでまだ少し残ってる腫れと痣が消えれば元通りだ。


「今すぐ着替えて」

「え?」

「トリコ、どういう事だ?」

ココさんはちょっと咎めるようにそれだけ言うと、時間が惜しいと言うように一言「病院に行ってくる」と残して道場を出て行ってしまった。

「え?」

私も、突然の展開に混乱しながらも慌てて着替え、体育館の外に出る。
 
見れば、ココさんの黒い車は既に体育館前の道に横付けしてあった。
(今まで誰にも言った事はなかったが、私はこの車を『キッス』と呼んでいる。由来はもちろん後ろのガラスに貼り付けてあるワンポイントのロゴだ)

私が出てきたのを確認したココさんが助手席のドアを内側から開けてくれた。

まさかのキッス初乗車!
 
ドキドキしながら「失礼します」と挨拶して私は助手席に乗り込んだ。

ドアが閉まると同時に、彼は結構なスピードで発進する。
行き先は、さっき言っていた通り病院なんだろうか?

でも…

「あの、今日日曜日ですよ?」
「救急なら開いてるよ」
 
いやいや、安易に救急を利用する人が増えて病院側が困ってるって最近良くニュースで聞くけど、これってその典型的なパターンじゃないですか?
 
病院に行った方が良いなら明日行きますよ、と何度も言おうとしたが、ハンドルを握る彼の雰囲気がちょっといつもと違っていて、結局何も言えないまま私は病院に連行されて行く事になった。

 
『保険証がないなら一旦全額負担したあとで後日返金になりますよ』と説明する救急受付の人に「構いません」とココさんは勝手に答える。
 
病院なんて大学に入ってから一度も行ってない私が保険証を持ち歩いてる訳ないじゃーん!と頭の中で必死に言い訳を叫ぶが、彼はそれに関して何も言う事もなく、ただ必要な手続きを淡々と済ませ、そして私はレントゲン室へと案内された。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「折れてますね」

はい?

「またキレイに折れましたね〜。部活か何かですか?」

救急の先生はレントゲン写真を見ながら少し笑う。
 
え…?

ココさんは、診察室まで同行してくれていて、今は先生と一緒になってレントゲン写真を覗き込んでいる。


「今は腫れてて鼻の形が良く分からないんでしょうが、結構陥没してますよ。この腫れが引いて、且つまだ骨が引っ付かないタイミングで整形手術受けて下さいね。一応化膿止めだけ出しときますから」

呆然と眺めた私の横顔のレントゲン写真の中で、鼻のラインは確かに稲妻のように段差が出来てしまっていた。


サ、

サニー、殺す。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「一体どうしてそんな怪我を?」

保険証なしの治療は、レントゲン撮影もあってか福沢諭吉でもお釣りが返ってこなかった。

青ざめる私を無視して支払いを済ませ、控えを受け取った彼は、沈黙が続く帰り道で、ポツリとそれだけ質問してきた。

どうしても何も、組手と怪我はセット商品みたいなものだ。
そんな事知らない彼じゃないだろうに…それじゃまるで手加減出来なかった相手が悪いみたいじゃないか。
 
「私の不注意です」

前を向いたまま、それだけ答える。

そうだ。
これは私の問題だ。
 
直前にどんな事があったにせよ、そんなのは関係ない。
組手の最中に集中を切らして、ガードが甘くなった結果相手の攻撃を食らった。
それだけの事だ。

「そうか」

せっかく心配してくれたココさんに対して、やたらつっけんどんになってしまった私を責める事もなく、彼はそれだけ呟いた。


道場に帰って来た時にはもう12時を過ぎていた。

「鼻が完治するまで、練習はロードワークと筋トレだけだ」

「はい」

ありがとうございました。
車を降りてそう挨拶すると、ココさんはそのまま行ってしまった。
また研究室に戻るんだろう。
 
結局、彼の貴重な練習時間を全部潰してしまった。
それなのに私ってば、あんなに不機嫌な態度ばかりで…
 
はぁ
 
私は1つ溜め息を吐いて、帰宅するべく駐輪場へと歩き始めた。
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