IGO大学体育会美食道部
□霜月
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【11月】
朝晩冷え込むだけだった気候も、いつの間にか1日中寒いと感じるようになってきた。
まぁ、それでも部活が終わればいつだって汗だくなんですけどね☆
「あ、キミキミ」
国語学概論の授業終了後、いつものように部活へ行こうと教室を飛び出しかけていた私は、先生からそう声をかけられて足を止める。
この教授は私の学科のテューターをされている方で、いわば4年間変わらない担任みたいな存在だ。
いずれ決めるであろうゼミの教授の次に密接な関係を持つ事になる人だが、幸い今まではあまり迷惑をかける事もなく、よって授業外ではあまり接点もない人だった。
な、何だろう?
テューターが動くのは大体、全体的な成績とか出席状況とか学生本人の健康に問題が発生した時だ。
私の場合、一応授業にはちゃんと出席してるし、健康には全然問題ないし、となるとやっぱり成績か…?とドキドキする。
具体的には言えないが、ざっくり言うと成績はいつも中の下なので、心当たりがあり過ぎる。
「は、はい」
「キミ、確か部活は美食道なんだよね」
「あ、はい」
え?今更ですか?と思わず脳内で突っ込んでしまう。
だってもう11月だ。
私が美食道部に入ってからもう半年以上が過ぎている。
まぁ、自分の所属する部をテューターに報告する義務は別にないし、なら今まで知らなくても仕方ないか。
ていうかむしろどうやって知ったんだろう?
「1つ上には同じ教育学部の学生がいるんだよね?確か家政学科の」
「はい、そうです」
「そうか…」
「あの、先生?」
「4年に、ココって学生もいるだろう?理学部の生徒だ」
「はい」
「…あまり大きな声では言えないが、彼には気を付けた方が良い。」
「…はい?」
「一部の教授達は未だに彼を危険視している」
「え?」
危険?
彼が?
「どういう事ですか?」
「まぁ、昔の話だし、そんなに気にする必要はないと思うけど。もしも何か困った事が起きたら直ぐに僕にも知らせて欲しい。いいね?」
まさかうちの学科からあそこの部員が出るとは思わなかったから、ちょっと僕も困惑してるんだ。あ、もちろん、どの部活を選ぶかは学生の自由だから君は悪くないんだよ。
そんな先生の取って付けたような言い訳は、私の頭には全然入って来なかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「おまっ!馬鹿!」
え?
スバァン!!
あ…、と思った時にはもう遅かった。
組手の練習中、私はサニー君の蹴りをモロに顔面で受けてしまう。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
倒れ込みこそしなかったものの、痛みに鼻を抑えて背を丸めると、下の畳にポタポタと赤い点々が落ちて行くのが見えた。
「亜弥!前、大丈夫か!?てか何であんなのモロに喰らうんだよ?」
顔面がジンジンして、すぐには動けずに固まっていると、すぐに小松さんが来てくれた。
「歩けますか?さ、こっちで見てみましょうね」
小松さんとサニー君に助けられて道場の端に移動し、取りあえず止血を試みる。
「マジわりぃ!フェイントのつもりだったし、ぜってーガードされると思ってたし!」
サニー君は必死に謝ってくるが、すかさずトリコさんが低い声でそれを遮った。
「サニー」
やや強めの声が、組手をやめて少し静かになった道場にこだまする。
「お前の蹴りを喰らったとして、それはこいつの責任だ。お前が謝る必要ねぇし、謝る方が失礼になるんだよ。」
分かるか?
トリコさんのその言葉にサニー君がはっとする。
「そうだな、亜弥」
「はい!」
そう聞かれて、私は迷わず即答する。
そうだ、サニー君は何も悪くない。私がボーっとしてたのがいけなかったんだ。
彼に、謝らせるべきじゃなかった。
「さ、とりあえず血が止まるまで下を向いて、少し冷やしましょうね」
小松さんはどこまでも穏やかに手際良く私の手当てをすると、道場に落ちた血を掃除する為、雑巾を取りに外へ出て行った。
あぁ、私、まだまだだなぁ。
練習に戻るサニー君を見送り、組手を再開する3人の声を聞くともなしに聞く。
私の頭の中に残ったままの単語達は未だに行き場が見つからず、難解なパズルのピースのようににいつまでもグルグルと頭の中をさ迷い続けていた。