IGO大学体育会美食道部

□神無月
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試合が終わった1年の仕事と言えば、もちろん雑用だ。
 
負けちゃった〜、なんて落ち込んでいる暇はない。
 
私は小松さんと一緒に、スポーツドリンクの補充をしたり、怪我をしてしまった選手の応急手当てに奔走したりと、しばらく忙しい時間を過ごした。

救急箱にテーピングを片付けていると、ポンと肩を叩かれる。
 
振り向くとマンサム監督がいた。

「バッハッハ!亜弥、惜しかったな」

「…見てたんですか?」
 
ちょっと意外だったのでついそう言ってしまう。

「当然だ!延長までは本当に良かったぞ?」

「…ありがとう、ございます」

さすがに今日はお酒は入っていないみたいだが、飲んでなくてもこのテンションなのかと思うと、別に普段のハイテンションはお酒のせいではないのかも知れない。

「延長はな、短い時間の中でより手数が多かった方が勝つ仕組みになっとる。それまでの試合と同じペースじゃダメだと教わっとらんかったか?」

「…あんまり」

「バッハッハ!そうかそうか!IGO大の美食道部らしいな!」

マンサム監督は豪快にそう笑うと、すぐに忙しそうに決勝戦を控えたトリコさん達の所へ行ってしまった。

相変わらずの放任主義でいっそすがすがしいが、彼なりに実は私達の事を良く見ていてくれているのかもしれない。

そうか
延長戦の戦い方はまた別にあるのか
今度は、心構えもしっかりしておいて、もっとフェイントに騙されないようにしないと。
 
それから―

―良い試合をしたね 

時々脳裏に蘇る彼の言葉の意味を必死に考えながらも、明確な答えは見つけられないまま、美食道地区大会は終わりを迎えた。


※ ※ ※ ※ ※ ※

 
大会会場になっていた市内の武道館の外、邪魔にならない場所を探して部員と監督で円陣を組む。

「お疲れ様でした!」

「バッハッハ!結構結構!いや〜今夜は酒が進むぞ」

「んな事言って、毎晩毎晩飲みまくってんだろうがよ、マンサム監督」

「え?今ハンサムって言ったか」

「うし、じゃあ美食道部恒例のアレ、いくぞ!」

マンサム監督の空耳をスルーするのは今や鉄板ネタだ。

彼に会う機会なんて年に数回あるかないかなのに、あしらい方がここまで確立されているのはもしかしたら彼なりの優しさかも…な訳ないか。

「本当に皆さんお疲れ様でした!そしてココさん!トリコさん!ゼブラさん!おめでとうございます!」

「ありがとう、小松君」
「へっ。調子に乗るなよ」
「当然だろ?俺を信じてろって朝言ったじゃねえか!」
 夕方になって少し肌寒くなってきた外気の中、小松さんの頬は興奮に上気している。

そう
 
初戦敗退で終わった私とは実に対照的に、トリコさんもゼブラさんもそれぞれの階級で優勝していた。

貰ったメダルと賞状は、あまりにテキトーにスポーツバックに詰められていたのを小松さんが救出し、今は彼が丁寧に保管している。


サニー君はさっきからずっと仏頂面だ。
3回戦まで進んだんだから凄いと私は思うのだが、今日はきっと自分の「美しくない」部分がどうにも処理できなくて悔しいんだろう。

「で、美食道部恒例のアレってなんですか?」

「何でも1つわがままが言えるんだよ」

うわ!

ふと隣を見上げると、本日、黒帯型の部で優勝し、更にはミドル級の組手で見事入賞を果たして全日本への切符を手に入れたココさんが隣に立っていた。

「わがまま?」

おめでとうございます、と言いかけてやっぱり止めておく。
 
だってそれは既にさっき言ってしまった。
 
「ありがとう」と返してもらった以上、また同じ台詞を繰り返しても彼を困らせてしまうだけだ。

「そう。1回の優勝につき1つ、何でもわがままが許されるんだ」

でも、できる事なら言いたい。
何度でも言いたい。
 
型、素敵でした。
 
組手、優勝こそ逃しましたが、凄く格好良かったです。

「何でも、ですか?」

型の決勝戦なんかは本当にすごかった。
 
試合中は写真撮影禁止だがビデオはOKになっている。そして、みんながビデオを回していた。
きっと中には研究用じゃなくて鑑賞用に撮っていた人もいたに違いない。
 
「オレは明日の練習休みにして、みんなで節乃食堂行って思いっきり飯が食いてぇな」

「じゃあ、俺はその後でカラオケだ。最低でも5時間コースだからな」

こんな凄い人と、たった1年間でも同じ大学で過ごせて本当にラッキー…え?

「何ですか?その『わがまま』」

「これが、美食道部の伝統だよ」
 
ココさんがにっこり笑う。
 
試合が終わってからまた付け直した左耳のピアスが、そう言いながら首を傾げた彼と一緒に少し揺れた。

「普段は先輩風吹かせて偉そうにしてても、いざ試合の時はきっちり優勝して、その『わがまま』を後輩の為に使ってあげるんだ」

ボクは、そうだな

そう言って彼は1つウインクすると「支払いは監督にお願いしたい、かな?」と言った。

次の瞬間、それぞれがそれぞれの笑い声をあげはじめる。

あぁ、好きだな。
こういう雰囲気
 
やっぱり美食道部に入って良かったな、と私は改めて思った。




霜月

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