IGO大学体育会美食道部

□神無月
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【10月】

ついに長かった夏休みも終わり、大学の後期が始まった。

といっても1年はまだまだ一般教養を中心とした授業ばかりが必須だ。
 
早く自分の専門分野を勉強したいような、まだもうちょっと猶予期間が欲しいような、どっちつかずのこの気持ちは、女心よりもよっぽど秋の空に近いな…と、恋愛禁止の部活に所属する自分が言ってみる。

うん、ちょっとかなり虚しかった

両手両足にグローブのような防具をはめて、頭にはベッドギアを付けた私は、自分の試合が始まるアナウンスを聞きながら、そこで再び意識を目の前に戻した。


※ ※ ※ ※ ※ ※


ついに来ました、美食道地区大会本番当日。
この大会では、黒帯の部と色帯の部に分かれて、それぞれ階級別にトーナメント形式で試合が行われる。

黒帯の部は、今大会がそのまま年明けに開催予定の「第53回美食道全日本選手権」の予選となっている。
この大会で入賞すれば全日本大会への切符が手に入るとあって、かなり緊迫した雰囲気が朝から会場中に満ちている。

…なんて言っても、それに該当するのは部内ではただ1人、ココさんだけだ。
主将のトリコさん始め3人は皆色帯の部への参加なので関係ない。とりあえずは、自分の出る階級での優勝が目標だ。

ちなみに、サニー君がライト級、トリコさんがヘビー級、そしてゼブラさんは無差別級に出る。
うまい事それぞれの階級が分かれたので、今日の試合で部員同士が当たる可能性はない。


え?

私ですか?
 

…実は美食道はそんなに競技人口が多くない上に女性選手は殆どいない。
この地区大会でもエントリーした女性選手は10人に満たなかった。
なので、階級は分けずにただ単に「女子の部」として試合が行われる事になった。
ぶっちゃけると、それを聞いた時にはちょっと安心した。
だって細かく階級が分かれてたら自分の体重がバレちゃ…ゲフンゲフン。

ちなみにココさんは黒帯のミドル級に加えて、型の試合にも出場する予定だ。

2種類の試合に出るなんて、しかも型はまだしも組手の練習なんて全然できてないのに彼の様子は至って平穏で、朝から既にガッチガチの自分とは比べるべくもなく凄い違いで、いっそ笑えてくる。

名前を呼ばれて、生まれて初めて試合会場のコートに足を踏み入れる。
 
試合は同時進行でどんどん行われていて、私達はそれぞれてんでバラバラの場所にいる。
マンサム監督が来て下さっていたが、きっとココさんに付いているんだろう。
いやいや、どのみち美食道は個人競技、自分との戦いだ。
いい加減本当に試合に集中しよう。
私は、コートの反対側から中央にやってきた女性に、一礼をした。


「はじめ!」
 
主審の合図でお互いに少し距離を取る。

初戦の相手は黒帯の一般女性だ。
私より少しだけ身長は低いが、リズムを取りながら揺れる体に合わせて動く黒帯は、それだけでこちらの戦意を喪失させようと怪しく踊る。

あ、こりゃ無理だ。
 
実は、朝一番で張り出されたトーナメント表を確認した段階で、なんとなくトリコさん達の顔にも「これは難しいな」と書いてあった。

そして実際そうだ。

フェイントから入ってくるコンビネーションも、蹴り技をくらってバランスを崩した私が慌てて振り向いた時にはもう目の前から消えているような体のキレも、私には全然ないものだ。

 
でも!
でも!この半年自分なりに頑張ってきたんだ!
とりあえず、出来る事は全部やろう!
この2分間に全てを捧げよう!
私はとにかく必死に前へ出続けた。

「そこまで!」
 
主審に腕を掴まれ、コート中央へと戻される。

「判定!」
 
主審の合図と共にコート四隅にいる副審が勝者の旗を上げる。

どっちでも悔いはない!
 
でももしかしたらの可能性にも期待したい!


「引き分け!延長戦、開始!」


え?


延長戦?

 
2分の試合に全力を出し切っていた私は、いきなり言われた延長戦の言葉にパニックになる。

延長戦なんて、当然やった事もない。
 
いや、つまり普通の試合と同じで、確かでも試合時間は1分だけで、あと何を気を付けたら良かったんだったっけ!?

思いっきり「わ゛〜」となって、次に気が付いたら試合が終わっていて、目の前にはいつの間にかココさんがいた。

あれ?
試合
試合はどうなったんだろう?
 
「私、負けました?」

思わずそう質問すると、ココさんはちょっと目を開いて「分からなかった?」と聞き返してきた。

その答えで、あぁ、やっぱり負けたんだ、と思いながら、彼の質問にとりあえず首を縦に振って答えた。

「そう」

 彼は1つ頷いてから「良い試合をしたね」と言ってくれた。


 良い、試合?

 
場内に、有段者の型の試合開始のアナウンスが流れ始め、彼は直ぐに「それじゃ」と行ってしまった。

頑張って下さいも、ありがとうございますも、何も言えずに、私はその場でしばらく放心状態だった。
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