IGO大学体育会美食道部
□長月
2ページ/3ページ
「あぁ!前、ソコ、ムラになってるし!」
「え?あ、ごめん!」
美食道部の部長は企画もアイデアもいつも突発的で、付き合わされる後輩は本当に良い迷惑だ。
今回も、布やらペンキやらの道具を一式準備するだけしたら、後はもうお役御免とばかりに何もしなくなってしまった。
(字を書いてくれたゼブラさんはまだマシだったかもしれない)
そして現場に残されたのは、やたらこだわりの美意識をもつサニー君と不器用な私だけだった。
会場でこの垂れ幕がどれくらい目立つかわからないが、結構大きい垂れ幕なのでムラ無く均一に塗ろうとすると限りなく全身運動になる。
はぁ…ただでさえ部活帰りでしんどいのに。
てか私汗クサい。
こんな高層マンションの、しかも最上階なんてお洒落過ぎる場所に来て、汗クサいだなんて…私情けなさ過ぎる。
「お疲れ様です〜。一旦休憩にしましょう」
相変わらずのスピード調理で小松さんはカレーライスを作り上げてくれた。
あぁ、カレーの匂いがこんなに有り難い日が来るとは。
私は自分の匂いを誤魔化すように、真っ先にそのカレーに飛び付いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
トリコさんとゼブラさんは、カレーをもの凄い勢いで完食した後、トリコさんのカバンから出てきた週刊雑誌をどっちが先に読むかで喧嘩を始めた。
すぐにココさんに睨まれて大人しくジャンケンを始めていたが、ああいう時の彼は本当に恐ろしい。
普段から切れ長の瞳を少し狭めるだけで、雰囲気が一変するのだ。例えそれがただの脅しだとしても、冗談では済ませられないと思わせる何かを彼は身に纏う事ができる。
この技があれば、こんな所に住まなくても別にいいんじゃないかなぁ?
私はついさっきトリコさんから仕入れた新しい情報をもう一度頭の中で整理してみた。
ここは大学近郊の賃貸物件にしては珍しく、セキュリティーのしっかりした高層マンションだ。
暗証番号を入力した上でキーを差し込むか、部屋の中から解除ボタンを操作してもらわないとエントランスは開かない仕組みになっている。
1階でトリコさん達に合流した私は、そのセキュリティーの厳重さに驚き、その後彼専用のルールを聞いて更に驚いた。
彼は、インターホンには決して応じないらしい。
なので、彼の部屋に行きたければ、事前にアポを取り付け尚且つエントランスに到着後は彼の携帯に連絡し、下まで迎えに来てもらわないといけないそうだ。
…私のアパートなんか、外と部屋を隔てるのはドア1枚だけなのに、この差は一体なんなんだ?
「まぁ、あれだ。アイツの場合色々とつきまとうヤツがいたりするんだろう」
あ、なーるほど
モテる男は辛いよ、と
そういう訳ですか
確かにココさんって、追っかけとかいたりしそうだし。
なんか、芸能人みたいだ。
最初は「塔の上のラプンツェル」みたいだなぁなんて思ったけど、これは彼なりの自己防衛なのか。
私は改めて、イケメンも色々大変なんだなと思いながら意識を作業に戻す事にした。
なんとか赤い色を塗り終えると、もう10時半を過ぎていた。
それなのに、サニー君はこだわり始めると本当に止まらないのか「赤地に黒い文字だけじゃ美しくねーし!」と言って、白い色で縁取りを始める。
(「前、不器用だから他の道具片付けてればいいし」って言われた。つまりは戦力外通告だ)
1人暮らしの部屋にそう沢山椅子がある訳じゃない。
必然的にみんな床に座ったり、ベッドに腰掛けるようになる。
私も、なんとなく位置的に邪魔にならない場所を探してたらベッドに来てしまった。
ポフンと座ってから、徐々にうわわわわわ〜となる。
ココさんはここで毎日寝てるのか
いや、そりゃそうだ。彼だって人間だ、当然寝るさ。
…寝顔も、格好良いんだろうなぁ
はっ!
落ち着け、私!
今のは限りなく変態だったぞ!?
ゼブラさんがトリコさんから奪った雑誌を持ってベッドに座り込んできた。
壁にもたれかかって、時折笑いながらページを捲る。
トリコさんは「あぁっ!オレまだ読み終わってねぇって!」なんて言いながら結局仲良くゼブラさんと1冊の本を覗き込んでいる。
ココさんと小松君は相変わらずキッチンでお茶なんか淹れながら料理の話に花を咲かせている。
サニー君は集中しているのか、ブツブツ言いながら1人作業に没頭している。
あぁ
こんなに騒がしいのに
こんなに居心地が良くて
こんなに安心する場所があるなんて
柔らかいベッドに座っていると、なんだか眠くなってきてしまった。
いや、まさか寝る訳ないけど、ちょっとだけ休みたいなぁ。
床に転がるよりはまだお行儀良いんじゃないかなぁ。
そんな事を考えながら、トリコさんとゼブラさんが言い合いながら揺らすベッドの振動に負けてコロンと横になった瞬間、私の世界は暗転した