IGO大学体育会美食道部

□長月
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【9月】

「おぉ〜。これは深いですね」

「あぁ?調子に乗るなよ」

「いや〜。だから本当に、そういう事なんですね」

「あんだと?てめぇやっぱり調子に乗ってやがったのか!」

「いやいや、さすがの私もここまでの意味は読み取れてませんでした。いや〜、素晴らしい!」

「けっ!調子に乗りやがって」


「…なぁ、松」
「はい、サニーさん」
「文系の会話ってイマイチ訳分かんなくね?」
「そうですね〜。僕もトリコさんもサニーさん程ではないですが理系寄りなんで、あの世界は理解し難い部分がありますね」

「え?いや、ちょっと、そんなに引かれても困るんですけど!?」


※ ※ ※ ※ ※ ※ 
 

大学の夏休みは長い。
 
9月に入ってもまだまだ休みは続き、なんだか自分が本当に大学生だったのかすら曖昧な気分になってしまいそうになる。

そんな中だるみ全開なこの時期において、部活のイベントがあると言うのはある意味とてもありがたい事かもしれない。

私達は今、いつもの部活終了後、来月に迫った美食道地区大会に向けて垂れ幕作りに励んでいる。
 
自分達の応援垂れ幕を自分達で作るのもどうかと思うが、人数が少ない部なので仕方がない。
 
お互いに垂れ幕を作り合う案も出たが、なにせこのメンバーだ。そんな事してもきっといざこざの原因にしかならないだろうと、全員一致で1枚の垂れ幕を協力して作る事に決まった。

(もちろん、この部には外注するなんて発想も経済力もない)

70センチ×150センチの大きな白い布に、ゼブラさんがどこから持ってきたのか(もしくは私物なのか)大きな筆で下書きもせずに書いた言葉は

『試練なくして栄光なし』

かなり達筆でびっくりする。
 
なる程、「チョーシに乗るなよ」を格好良く言うとこうなるのか。
 
さすが文学部所属、趣味ポエム

さっきから私は、真っ白な布にしたためられた名言に何度も頷いてしまっている。

最初っからそう言ってくれれば良いのに…

「あんだと!?」

ゼブラさんの打撃は確かに恐ろしいが、この凄みにはもう免疫が出来てしまった。
 
からかい過ぎると本当に打撃が飛んできたり、怒号が大き過ぎてご近所から通報されたりしてしまうので、この程度は軽くスルーがぐらいが最も望ましい。

そう、入部からもうすぐ半年、私は遂にゼブラさんという存在に対して完璧な免疫を手に入れたのだ!


「それで、なんでボクの部屋でこんな作業をする事になってるのかな?」

ドキリ

「そりゃ、ここが一番広いからに決まってんだろ!」

しかし、半年経っても「こっち」に対する免疫は未だもって全く、さっぱり、手に入れられないままだ。

午後8時、ワンルームとはいえキッチンも結構広くて、お風呂もトイレも別で、インテリアはシックな感じで統一されていて…つまり何もかも私のアパートとは正反対なこの場所は、本日初めて潜入を果たしたココさんの部屋だ。

垂れ幕はこの部屋の中央、新聞紙を並べた上にドンと敷かれている。

「すみませんココさん…、お部屋に飽きたらずキッチンまでお借りしてしまって」

小松君はココさんにキッチンの使い方を聞きながら、私達の晩御飯にカレーを作ろうとしてくれている。

「小松君が気にする事は無いよ。どうせトリコの突発的なアイデアだろう?」
 
さ、包丁はここだよ、小松君。なんてやり取りをしながら2人でカレーを作る姿は正に新婚夫婦だ。
 
あぁ、小松さんって罪作り…。

「うし、じゃあ文字のとこ以外は赤く塗れ」

「は?」
「え?」

彼らの周りに空想上のお花を飛ばしていた私は、ゼブラさんの予想外の発言にサニー君と仲良く固まる。

「あぁ?聞こえなかったのか?この白い所がインパクトねえから、赤く塗れって言ってるんだよ」

「え〜!?それなら順番逆ですよ!先に書いたら塗るの超大変になるじゃないですか!?」

「ちげーよ!ここは『だったら赤い布買ってきてそこに字を書けば良いじゃないですか』だろ!?」

「おぉ、サニー君賢い!」
「美しいと言え、つくしいと!」

そんな着眼点まで「美しい」で表現しないといけないのか…と思ってたら、トリコさんが頭をポリポリし始めた。

「いやぁ、本当はそうしようかと思ったんだがな、なかなか良い感じの色した布がなくてよ。でもほら、こういう事はとことんこだわらねえと美しくねぇだろ?

うわぁ
やられた〜

「フッ。当然!」

今の一言でサニー君はすっかりその気になってしまった。

私達が先輩の対処法を把握しつつあるのと同じように、先輩達も私達の事を把握しつつあるんだろう。
 
サニー君が俄然やる気を出して色を塗り始めるのを、私は乾いた笑いと共に見守る事にした。

「亜弥!何ボサっと見てんだよ!?」

「あ、やっぱり手伝わなきゃダメか。ごめんごめん!」
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