IGO大学体育会美食道部

□葉月
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「バーカ」

「馬鹿が調子に乗りやがって」

「さすがに今回ばかりはフォローできませんよ、亜弥さん!」

「…すみません」

ここは、IGO大の近くにある学生向けの定食屋、「節乃食堂」。
 
メニューの豊富さ・量・味の3拍子が揃った定食屋で学生の間ではかなり人気があるお店らしいが、休みがかなり不定期で、実際にお店の前まで来てみないとその日やっているかどうか分からないのが玉にキズらしい。
 運が良ければ行く度に開いているし、運が悪ければいつ行っても閉まっている。
 
それが「節乃食堂」というお店、とはトリコさん談だ。

部活終了後に、問答無用でここへ連れて来られた私は、注文した食事ができるまでの間、3人からプチ説教を食らい続けていた。
(サニー君は最近練習後のシャワーが長すぎるので置いてきてしまった)

「まぁ、夏休みが始まって学食も閉まっちゃいましたからね。バランス良い食事を取るのはなかなか難しいとは思います」
 
小松さんが前言を一瞬で撤回してフォローをしてくれる。

「だからってアイスクリーム昼飯にするか?てか炭水化物とビタミンはどこ行ったんだよ?」

「うぅ…」
 
さすがに面と向かって反論はできないが、それでも、悪気があった訳じゃない事くらいは分かって欲しい。
 
だって今は憧れの一人暮らし中なのだ。
何をしても自由なのだ。
 
朝からそうめんを食べてみたり、晩御飯にホットケーキを食べてみたり、色々したいと思うのは私だけなのだろうか?

「んなもん、思わねーよ」

「えぇ!?わ、私、声に出してました?」

「丸聞こえだ、調子に乗るなよ」
 
相変わらずゼブラさんの耳は凄い。
 
そうそう、ゼブラさんと言えば、例の『ゼブラ予報』に伴う進路選択の問題はあっさり解決していた。
気付いてみれば簡単な話だったみたいで、ゼブラさんは予報に逃げ惑う人々に合わせる事を止めた。
そして、文学部の中で比較的温厚で有名なウータン教授を捕まえて言ったのだ。
『てめぇが俺の卒論に合わせた研究をしろ』と…。

おかげで今ゼブラさんは大変充実した日々を過ごしている。
 
『調子に乗るなよ』に加えて『お前が俺に合わせるんだよ』が口癖になりつつあってちょっと困るが、むやみやたらと自分を恐れて距離を取るばかりの人達を相手に何かしようと思ったら、案外それくらいのスタンスでも良いのかもしれない。

「おーい、できたじょ。取りに来ておくれ」

薄紅色の髪を纏めた小柄なおばあちゃんがカウンターの奥から声をかけてきた。思っていたよりもかなり早いタイミングだったので助かる。

皆で席を立ち、仲良くカウンターまで定食を取りに行く。
(私達は座敷タイプの席を選んでいる)
 
今日の『おまかせ定食』は、ほっけの開きを中心にサラダ、お味噌汁、煮物にお漬け物、それからもちろんご飯、更には食後のデザートとして果物も付いているし、なんと定食には食後のコーヒー1杯が無料で付いて来る。
しかもしかもご飯はお代わり自由とは、これで税込み500円ぽっきりだなんて、素敵すぎる!

「美味しい!」
 
自炊でこのクオリティは500円では絶対実現不可能だ。

「だろ?セツ婆んとこの飯はやっぱ絶品だぜ!」
 
トリコさんは本当に美味しそうにご飯を食べる。彼と一緒に食べるとそれだけで美味しさが2割り増しになる気がする。

「はい、トリコさん、ゼブラさん!お醤油は控え目でお願いしますね!」

そういって甲斐甲斐しく2人のほっけに醤油をかける小松さんの癒しパワーを合わせれば、消化も進む事間違いなしだ。

「そう言えば、ゼブラさんは結局どんなゼミに入る事になったんですか?」
 
ふと気になったので聞いてみる。

「あぁ?ウータンの野郎はインド哲学専門だが、俺が興味あるのは現代文学だ。文句あるか?」

…ははは

凄い
 
ウータン教授が心労で倒れてしまわないように祈るばかりだ。

「亜弥、こいつはなぁ、意外にロマンチストで、時々ポエムなんか書いてるんだぜ?」

「え…えぇえ!?」
 
突然の衝撃スクープにうっかりサラダが鼻から出そうになり、私は慌てて鼻を押さえる。

「てめぇ、トリコ!ぶっ飛ばされてぇのか!?」
 
ゼブラさんがトリコさんの胸ぐらを掴むが、トリコさんは全然気にしない。

「こいつのカバンの中にネタ帳みたいなのがあってさ、1回道場の更衣室でチラッと見たんだが」
「てめぇ調子に乗りやがって!!ぶっ殺す!」
「わあぁ!ゼブラさん、やめて下さいよ〜!おち、落ち着いて下さい!」
 
時間帯的に私達しかいない食堂内に不穏な空気が立ち込めたその時


「―いい加減にしなさい。」

ピクリと
何気ない静かな声に思わず体が硬直する。
え?
何…?この感じ?

ふと見れば、トリコさんもゼブラさんも大人しくなっている。

「食事は楽しく食べるもの。多少賑やかでも構わん。が、分はわきまえるんじゃぞ」

ええな?

その言葉に何故か4人全員でコクコクと頷く。
こ、これは…。

セツ婆さん、この人ただ者じゃない…。
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