IGO大学体育会美食道部
□卯月
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【4月】
なぜ日本の新生活は4月から始まるんだろう?
そう疑問に感じた事があるのは私だけじゃないはずだ。
1年は当然1月から始まる。けれど、あれだけ大晦日だ正月だ新年だと大騒ぎする割に、結局は干支が1つ次へとバトンタッチするだけで他は何1つ変わりはしない。
もし新学年が1月から始まるなら、もうちょっと気持ちの切り替えがシャキンとできるし、1月だって報われるんじゃないだろうか?
西欧文化圏の学校みたいに、1番長い休みの後で新学年がスタートするのも理に適っている。
1つのカリキュラムを成し終えてから長い休みに入った方が気持ち良く休暇を満喫できそうだし、長い休みの後でまたその前の続きを始めるのは、なんだか間延びした感じを受けてしまう。休み前の事を忘れないように大量の宿題が出るのも、じゃあ何の為の休み?としらけてしまう。
でも
今、満開の桜に彩られ、柔らかな青い色をした空を見上げながら、私は初めてなる程なぁと感じていた。
ここはIGO大学
広大な土地に数多くの学部を構え、街1つがそのまま大学関係施設で埋め尽くされた正に学園都市だ。
人生の冬かと思えるような暗く、プレッシャーと不安ばかりに満ちた受験生活を乗り越え、晴れてここの教育学部に合格した私の目には、春の訪れに一斉に芽吹く木々や花々が皆自分を祝福してくれているような気がして、自然と頬が綻んでしまう。
「おい、お前オレの話聞いてるか?」
…前言撤回
私は頬をピシリと固めて引きつった笑いを浮かべる。
そうでした。
私は今、信じられないシチュエーションに現実逃避を試みていたんでした。
「お前、1人で歩いてたって事は、高校時代のツレとかいねぇの?」
ここは一般教養の為の講義棟が立ち並ぶエリア。
新1年生が構内の地図やカリキュラムを手にまだ不慣れな様子であちらへこちらへと行き交っている広場の一角。
「はい…まぁ」
普段は何もないただの広場は今、新入部員獲得の為チラシを片手に勧誘活動に勤しむ新2年生と、それぞれのクラブを紹介する為のブースで溢れかえっていた。
わざわざ主張しなくても新1年生かどうかなんて一発でバレるんだろう(ただでさえ私は田舎娘オーラを全開にしている自覚がある)
毎回毎回、授業と授業の合間に講義棟の外へ出る度、私は物凄い勧誘攻撃に会ってしまっていた。
次々と渡されるクラブ紹介のチラシ、チラシ、チラシ…。
毎度何も言えずにただそれを受け取っていた私はその日、突然大きな手に腕を取られたかと思うと、気が付いたら立ち並ぶブースの一角で、見上げる程背の高い、今日の空よりも更に真っ青な髪の色をした男の人と向かい合って座っていた。
「だからさ、女の独り暮らしは何かと物騒だろ?」
「そ、そうですね」
それにしても、私は一体何の勧誘を受けているんだろう?
「『学園都市』なんて格好いい事言ったって、若いヤツらが集まってるんだ、当然そっち系の犯罪だって多発してる」
「はぁ」
そっち系ってどっち系だろう?
そんな事を思いながらもとてもじゃないが口には出せないまま、私はブース(と言っても長机が1つあるだけだ)に立てかけてある手作りの看板をチラリと眺めた。
「体育会…美食道同好会?」
「そ。護身術にはもってこいだぜ」
ニカリ、と笑われて、ようやく私は自分が何に勧誘されてるのかを理解する。
…はは
「あの、非常に申し訳ないんですが私、運動神経は全くなくて、スポーツ系の部活もした事がないんです」
寄りによって体育会系のクラブに勧誘されていたのか…。
しかも護身術って事は、もしかして格闘技系ですか?
ないない
ていうか無理。
あり得ない。
何とか穏便にこの場を逃げるにはやはり「次の授業がありますから」が一番ベタな言い訳だろうか?
次は別に空きコマなんだけど、嘘も方便だ。
そう自分に言い聞かせながら口を開こうとした瞬間
「やぁトリコ。勧誘のフリしてナンパかい?」
後ろから、優しい声が柔らかく降ってきた。
「よう!ココ!こっちに来るなんて珍しいじゃねえか!」
「ちょっと用があってね」
座ったままで何気なく声の方を振り向いた私の時間は、その瞬間止まってしまう。
「キミ、大丈夫?トリコが無理に勧誘してきたんなら正直に言ってね。」
桜の花びらが風に乗って広場に運ばれてくる。
そこには、その花びらと一緒に揺れる綺麗な黒髪を持つ長身の男性が、優しそうな薄茶色の瞳をこちらに向けて立っていた。
まるで絵画のような光景に私は吸い込まれそうになる。
私の隣、無人のパイプ椅子に優雅に腰掛けながらニッコリと微笑まれた私は、ちょっと放心状態のまま、気が付いたら「いえ、大丈夫です」と答えてしまっていた。