IGO大学体育会美食道部

□皐月
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「はは…」

土曜日、午後1時―。

第3体育館、通称IGO武道館の道場にやって来た私は、いつもなら内心に留めておける乾いた笑いをうっかり口から出してしまった。

「亜弥てめぇ、なにチョーシこいて笑ってんだよ!?」

道場の奥からゼブラさんの怒鳴り声が聞こえてくる。

「す、すみません!」
 
今の乾いた笑いが調子に乗ったように聞こえたんだろうか?ていうか凄い地獄耳だ。
 
ゼブラさんの耳の良さにびっくりしながら私は慌てて道場に入った。




ええと、
結論から言いましょう。


私とサニー君だけでした…


さっきまで愛丸さんもいるにはいた。
でもそれはお別れの挨拶をする為だった。
 
彼は色々悩んだ結果、ボランティアサークルを自分で立ち上げて、病院に長期入院している子供達を定期的に訪問して楽しませる「セラピークラウン」の活動を始める事にした。
 
彼にも長期入院の経験があり、病院で長い期間を過ごす子供達の苦しみを間近で見てきていたらしい。
 
その時の気持ちが、彼らの心を少しでも癒やしてあげたいという気持ちが、大学に進学してからもずっと彼の中にあったそうだ。
 
ハンサムな彼が顔にペイントを施して手品や大道芸をするなんてちょっと想像できないが、きっと病と戦う子供達の憧れの存在になってくれるんだろう。
 
夢と共に語られる彼の奉仕の精神を否定するなんて当然できず、でもやっぱり寂しくて、私は体育館を去って行く愛丸さんを玄関でいつまでもいつまでも見送っていた。

「愛には愛の求める道がある。道が違う事は別に悪ぃ事じゃねえからな」
 
応援してやろうぜ!とトリコさんに言われ、何とか気持ちを切り替えて私はいつものように整列する事ができていた。

「礼!」
「宜しくお願いします!」

そして道場に残るは
トリコさん、ゼブラさん、小松さん、サニー君、そして私…。

今日は大事な日だからココさんも来るという話だったが、まだ彼は到着していない。
 
彼が来たとして、メンバーは全部で5人。
(小松さんをカウントすれば6人だが)3年生に至っては0人だ。
 
仮入部の子達がいなくなると、改めてこの同好会の規模がいかに小さいかを如実に感じてしまう。

「そうか、2人も来たか…こりゃめでてぇな!」
 
トリコさんが私とサニー君を見てニヤリと笑う。

「ココもその内来るだろう。今の内に今日の入部試験の説明を始めとくか」


―え?


今、なんて?

「あ、トリコさん!ココさんが来られました!」
「やぁ、遅れてすまないね。もう説明は済んだかい?」


入部、試験?


「いーや、丁度今から始めるところだ」
思わずサニー君の方を見ると、彼もちょっと驚いていたようだが、すぐに気を取り直したのか正面を向いて顎をツンと上げた。

「ルールは簡単だ。オレとゼブラと、それぞれ1度ずつ組み手をする。その後で今の場所に戻って来れたら合格だ。簡単だろ?」

組み手は1本30秒、元の位置に戻るまでの制限時間も30秒。

ココさんが「ボクはどうしようか?」とトリコさんに聞けば、「ココは号令とタイムキーパーを頼むぜ。ここはオレら2人で充分だ」と答えている。

そんな、試験だなんて、聞いてない気が、する。
ていうか絶対聞いてない。

顔面蒼白になってるんだろう私を見て、ココさんが「辞めるなら今の内だよ」と一言発した。
 
それはもしかしたら私達2人に向けられたものだったのかもしれない。 

でも私はその言葉で逆に覚悟を決めてしまう。
 
ここまで来たんだ。せっかくだから頑張ってみよう。
それに、ここまで来たのに結局ビビって逃げるなんて姿、彼には見せたくない。

私は精一杯の勇気を振り絞って「宜しくお願いします!」と声を上げた。
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