IGO大学体育会美食道部
□皐月
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【5月】
基本的にどの大学も同じだと思うが、4月は新しい事尽くめの月なので、何事もあまり本格的な段階まで移行しない。
講義内容も、そもそも大学の講義とはどう受けるかの説明から始まって、各教授によって少しずつ違う出欠の取り方や前期日程の確認、それから大学生活に関して先生からの有り難いアドバイス的小話がいくつか。あとは高校時代の復習程度の事が繰り返されるばかりだ。
そして、そんな初々しい気分に終わりを告げ、様々な事が本格的に動き出すのは大体ゴールデンウィークの連休明けになる。
美食道同好会も約1ヶ月の仮入部期間を経て、いよいよ正式に入部するかどうかを選択する日が近付いて来ていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
ゴールデンウィーク明けの最初の練習日、トリコさんが練習の途中で私達仮入部員を集め、その場に円陣を組んで座り込んだ。
さすがに連休明けに顔を出すメンバーは固定されてきている。
「そろそろ、って事か?トリコ」
今から何が起こるのか良く分かってない私に対して、同じ仮入部員の愛丸さんは既に今後の展開を把握しているみたいだった。
彼は先日のいわゆる「3人目」で(いや、むしろ彼は1人目で私が3人目だったのだが)、トリコさんとは幼なじみだ。当然年齢もトリコさんと同じで私よりも1つ上だが、持病の関係でこのタイミングでの入学になったらしい。
「まぁな。愛は気付いてるみたいだが、そろそろ部活内容も本格的なモンにしてこうかと思う」
訳ありな感じにニヤリと笑うと、トリコさんは私達の顔を順番に見つめながらちょっとその目つきを鋭くした。
「楽しい仮入部期間はそろそろおしまいだ。お前らだって、いつまでもこんなおままごとみてぇな事続けるのは嫌だろ?」
…おままごと?
1人首を傾げる私の隣で、サニー君はうんうんと頷いている。
「今から最後通告をする。うちのルールを言うからよく聞けよ?その上で入部を希望するやつは明日土曜日の午後1時にここに集合だ」
ゼブラさんは、私達の円陣から少し離れた場所で型の練習をしている。
小松さんは薬箱の中身を入念にチェックしている。
それでも2人共、何となくこちらの様子を気にしている感じが見てとれた。
流石にちょっと身構えながら聞いたその美食道部オリジナルのルールは、見事に私の想像の斜め上を行っていた。
まず、基本的に部活は毎日休み無し。
月曜日〜土曜日までは1日2時間みっちり。1年生は最低30分前には道場に入って準備運動を始めておく事。
日曜日は午前中に自由練習。参加が自由という訳ではない。練習の内容が自由なだけで参加は絶対。
休んで良いのは熱が38,5℃以上の時。それ以下の時はむしろ体を動かした方が熱が下がって良いとの事(本当か?)
それから、ぶっとびの恋愛禁止!
もちろん、嫌がらせではない。厳密には恋人を持つなという意味でもない、らしい。
恋愛をしてても練習中に腑抜ける事無く、相手を思い出しもしないくらいに練習に集中できるならいくらでもOK。逆にそれが出来ないなら美食道を極める日々には恋愛なんて悪影響にしかならない。
つまり「部活中は恋愛モードになるなよ」という事か。
曲がりなりにも体育会系の格闘技部だ、なる程それ位は当然かもしれない。
そして最後。
1度正式に入部したら、退部は一切認められない。
人間、やると決めたらやり切れ、それがどんな事でも構わない。
何だかんだ言ってたったの4年間。退部はないという状況で根性を見せるという経験は、社会に出た時にプラスになるに違いないだろう、との事。
以上。
…はは
私は内心で乾いた笑いを出す。
れ、
恋愛禁止ですか…。
私は、あれから数回、しかも夜遅い時間帯のほんの僅かな時間しか顔を見せない彼―、ココさんの姿をチラリと脳裏に思い浮かべる。
トリコさんが親しげにタメ口で話しかけていたのですっかり勘違いしていたが、彼はなんと理学部の4年生だった。
研究の関係でなかなか練習には顔を出せないらしいが、IGO大美食道同好会メンバーで唯一の黒帯保持者であり、コーチという肩書きを持ちながらもバリバリの現役選手。
…まぁ、年上で、あんなにイケメンで、トリコさん曰わく超優男の彼とどうかなろうなんて、想像するだけでもおこがましいな。
となると、いっそ恋愛禁止とはっきり言われたくらいの方が、潔く諦めがついてむしろ好都合かもしれない。
チラリとみると、サニー君や愛丸さん(年上なのでついそう呼んでしまう)もその他の仮入部員達も、皆それぞれ神妙な顔付きをしている。
明日の午後1時…か。
円陣を解いて、もう1度蹴りや突きのフォームを指導してもらいながら、私は既に道着を着た自分を想像し始めていた。