sirena
□solita
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【ひとりぼっち:女性単数形】
目的地で電車を降りて、ナナはちょっと伸びをする。
グルメフォーチュンからはそんなに離れていないが、風の吹く方を見れば、確かに少し離れた所には海が見えた。
砂浜があるのか、岩場しかないのか、ここからでは分からないがとにかくその方向に向かってナナは歩いて行く事にした。
誰とも会話をする事もなく知らない街を歩けば、必然的に頭の中を様々な文章が行き来し、時にぶつかり、かと思えば突然エンストを起こしたように全く動かなくなったりしてしまう。
急ごう、もし彼が追いかけて来ても見つからないように。
いや、別に追いかけて来ないかもしれないけど。やっぱり一応用心はしなくちゃ、ね。
まさか、追いかけて来て欲しいって、期待してるとか?
いやいや、ないない。それはない。
ガキの家出じゃないんだから。
構ってもらいたくて嫌がらせするのとはレベルが違うんだって。
あぁ、やっぱり現金が手元にあった方がいざっていう時に役立ったかなぁ。
いや、今日ここで、ゼロから再スタートするんだから、身一つで丁度良い。
靴と帽子は、やっぱりここで捨てて行くしかないよね。
いっそ質屋を探してお金にするとか?
…やっぱ却下。現金が手に入っても、そこから裸足で移動とか怪しすぎ。
取り留めのない事をあーだこーだと考えているナナの作戦はこうだ。
海に近くて、且つグルメフォーチュンから一番近い駅に行く。
そしてそこから海に入る。
ショルダーバックには小さく畳んだ世界地図があるので、それを頼りに移動をし、最終的にはグルメ界に入る。
グルメ界に行けば、エンペラークロウが沢山生息している(らしい)ので、ぜひその中の1匹とお近づきになる。
グルメ界にどんな生き物がいるのかは分からないが、自分みたいな人達が他にもいるかもしれないので探してみる。
占いが示唆した通り、きっと大変な道のりになるだろうが、真っ直ぐ顔を上げて向かって行くのだ。
それに計画だけ見れば、まるでどこかの冒険小説に出てくるような、魅力的な内容じゃないか。
そう思えば、これからの新しい日々に胸が踊るようだ。
そうこうしている内に砂浜まで到着する。
まだ海水浴のシーズンではないので、砂浜には人影はない。
が、なかなかに見晴らしが良いので安心もできない。
ナナは岩場を探してその影に帽子と靴を隠した。
誰にも見られませんように…
周りを見回して人がいない事を確認してから、そっと海に入り、足が動く限り沖へと進む。
端から見ればちょっと危ない光景に見えなくもないが、幸い彼女に気付いた人は1人もいないので誰からも突っ込まれたり邪魔をされたりする事もなかった。
しばらくすると、例のチクチクとした感覚が足を襲う。
やがてそれはジンジンとした痺れのようなものに変わり、遂には立っていられなくなる。
そうしてざぶんと転けるように海底に手を付いた時には、ナナの姿はすっかり変わってしまっていた。
この姿になるのは2度目だ。
そして、これからはずっとこの姿で生きていくんだ。
ふと、ココとのハントを思い出す。
―ナナちゃん、下を見て。あれが焼きソバッファローだよ。捕獲レベルは8だ。
キッスの背に乗って移動しながら眼下の景色を悠々と眺め、その説明に聞き入った日々。
―ああ見えて気性が荒いんだけどね、怒らせたほうが麺が熱くなってより美味しくなるんだよ。
その内―
ナナは自嘲する。
その内私も誰かにそう解説される日が来るんだろう。
ご覧、あそこに人魚がいるよって。
捕獲レベルは1以下だよ、捕まえてみようか?って。
そんな事を考えている間に、息が苦しくなってナナは浮上する。
とりあえず、沖まで移動しよう。
まだ日が高い。もう帽子はないのであまり海上で過ごすと日に焼けて恐ろしい事になってしまう。
再び海中に潜ったナナは沖へ沖へと進みながら、あれ?と自問する。
息が苦しくなったら浮上する行為は、この肌を考えたら矛盾している気がする。
もしかしたら自分は海中で息ができるんじゃないだろうか?
日の高い間は海の深い所で過ごしたりできるんじゃないだろうか?
泳ぎを止め、恐る恐る海中で深呼吸してみたナナは、次の瞬間鼻に入ってきた海水に思いっきりむせた。