sirena

□buen viage
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【よい旅を】
 
マント越しに抱きかかえたナナの体が震えている事に気付き、ココは「寒い?大丈夫」と尋ねた。

ナナは無言で首を数回縦に振る。

魚になってしまった彼女の下半身は、それが足だった時よりも長くなっていてマントには収まりきらない。

おまけに彼女はずぶ濡れだ。

日暮れの風は冷たさを増しつつあるのに、ナナはどうしても寄り道をしようとはしたがらなかった。

何度か休憩を申し入れたものの、それを固辞するナナを説得する事もできず、なんとか家に戻るとココは当然バスルームに直行した。

シャワーの栓を捻り、お湯の温度を確認してからすぐに彼女をバスタブに下ろす。

「しっかり暖まるんだ、いいね?」

そう言い残して退室しようとすると、控え目に「あの…」と呼ばれた。

「シャワーを、…取ってもらっても良いですか?」

どうやら、上半身を起こす事しかできないナナは、壁に掛けてあるシャワーノズルに手が届かなかったらしい。

慌てて手渡すココに礼を述べて、今度はボディソープに手を伸ばしたナナだったが、左手にシャワーを持ち、右手でソープを手にした状態でバランスを崩した。

今までのように両足で踏ん張る事もできず、更に鱗が滑ってしまい、両手の塞がっていたナナはそのままツルンとひっくり返ってバスタブの端で額を打つ。

「大丈夫かい!?」
 
ココはうつぶせになってしまったナナを助けようとするが、ナナはそれよりも早く起き上がり「大丈夫です」と笑った。

なんだかかなり心配ではあるが、まさかこのままここで介助を続ける訳にもいかない。
 
少し悩んだココは「扉のそばにいるから、何かあったらすぐに呼んでね」とだけ言い残してバスルームを後にした。


―――――――――――
 
彼女の入浴を待つ間、さてどうしたものかとココは考える。
 
女性の入浴が終わるのをひたすら待ち構えるというのは、女性側にしてみればあまり嬉しくない事かもしれない。
雑誌か何かを取って来て、時間を有効に使っている様に見せた方がいいのか。
 
しかし、その考えはすぐさま自分の脳内で消去する。
今は何が起こるか分からない状況だ。
控えていると言っておきながら、もし何かが起きてしまった時、自分が適当に時間を潰していた事を知られてしまったら、きっと良くは思われないだろう。
 
やはり、今回のケースでは待機が正しい選択だ。

そこまで結論付けて、ようやくココは落ち着いてシャワールームの扉に体を預ける事が出来た。

そうして、これからの事を思案する。

彼女がこれからどうするべきか。
 
それはもちろん今から彼女自身が考える事。
自分が行うべきなのは簡単な確認だ。
 
まず、保護と束縛は違う事
 
愛着と執着には違いがある事
 
そして、情愛と愛情の間にある決定的な差
 
類似する感情は時に混同され誤解されがちだが、両者の間には明確な違いが定義として存在する。

そして、自分が彼女に対して抱いてきた感情は全て前者だ。
 
世の中の大多数が自分達を誤解しようと、お互いの認識がきちんとできていれば何も問題はない。
 
今まで彼女と一番長い時間を過ごしてきた実績のある自分が見る限り、彼女の認識と自分の認識はほぼ一致している。
一致しているからこその居心地の良さがそこにあった。
 
だがそれだけだ。
 
その居心地の良さを誤解してはいけない。
 
―と、そこまで考えて時、ドアノブがガチャリと動いた。

慌てて彼女を手伝うべく中へ入ろうとしとココは、しかしすぐに様々な可能性を想定してとりあえず「ナナちゃん?」と声をかける。

ドアノブはそのまま下がり、扉が開かれる。
扉に合わせてココも後ずさる。
そうして遠慮がちに出て来た彼女の顔は

以前と同じ位置にまで上がって来ていた。
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