sirena
□mundo de hielo
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【氷の世界】
アイスヘルへと向かうリムジンクラゲの中、ココは地図をじっと見つめている。
「どうじゃ?視えたか?」
重箱の中身をちょっと確認しながら節乃が尋ねると、ココは少し困った様子で頷いた。
「そうですね…。彼らが最終的に辿り着く場所は視えましたが…」
「が、なんじゃ?」
軽い調子で節乃は聞く。
「今回のメンバーでボクが知っている2人…いや5人かな?皆一様にあまり良い占い結果が出ませんでした」
「だれかが命を落とすと?」
「いえ」
それは即座に否定して、ココは占いの結果を伝える。
「探し物は一度手に入れるが奪われてしまう。失せ物を取り戻すには時間がかかる。そして、最後の希望は最も運の良い者の手に…。誰の何を指しているかまでは分かりませんが」
ほっほっほと節乃は笑う。
「アイスヘルに行ってその程度の事で済むなら、そりゃあ運が良いと言った方がええぞ」
その言葉に、それでも心配そうにココは地図を見つめる。
「さ、見せて貰おうかの?トリコ達が現れるのはどこじゃ?」
にこやかにココに笑いかけながら、節乃はお盆にお茶を3つ入れた。
テーブル、と言うよりはちゃぶ台と言った方が正しい低い台に地図を広げていたココは、一旦地図を持ち上げてお茶を置くスペースを確保する。
それから、とりあえず淹れ立てのお茶を少し飲み、ココは節乃に目的地のポイントを説明した。
そこはアイスヘルの端に当たる何の変哲もない場所だった。
地図上では確認出来ないが恐らくそこに洞窟のような空間があるのではないかというのがココの推論だ。
「とりあえず行ってみるしかないかの。まぁ、予定よりも早く着ければもっと内部まで迎えに行ってやってもええし、問題ないじゃろう」
目的地がはっきりした所で、「ところで」と節乃がナナの方を見る。
「あの子はさっきから何をやっとるんじゃ?まさかとは思うが、このリムジンクラゲと会話でもしとるのか?」
節乃の見つめる先で、ナナはリムジンクラゲの壁(体?)に向かって耳を澄ませたり、何やらボソボソと話しかけていた。
「そのまさか、だと思いますよ」
ココは苦笑し、ナナの分の湯呑みを少し触ってみる。それが彼女にとって頃合いの熱さになっているのを確認してから「ナナちゃん、セツ婆がお茶を入れて下さったよ」と呼びかけた。
「はーい」
それにちょっと呑気な返事をして、ナナはすぐにやって来る。
アイスヘルに近付き、気温が下がりつつある中、リムジンクラゲの中も若干肌寒くなってきている。
もちろん、外気に比べたら随分ましなのだが、それでもナナの顔色はあまりよくない。
と、そんなナナの体調を心配してしまったココは、いや、これも彼女の自業自得。ボクが心配するのは本末転倒だ、と思い直し、敢えてナナの方は見ない事にする。
「ナナちゃんは、人間以外の生き物と話が出来るんかの?」
ゆっくりとお茶をすするナナに節乃が質問した。
それにちょっと困った顔をして、眉を下げたままナナは少し考えるような仕草をしてから答える。
「できる生き物とできない生き物がいます。違いは私には分かりません。
もしかしたら知能に比例しているかもな、とは最近思いますけど…」
「このリムジンクラゲは何て言っとるんじゃ?」
「それが…」と、ちょっとバツが悪そうに頭をかきながら「まだよく理解できてません」と答える。
「この方が話す言葉は、今私達が話している言葉とはちょっと違ってるんです。ちょっとは分かる部分もあるんですが、完全な意志疎通は難しそうです」
リムジンクラゲは、多分ラテン起源の言語を話している…とナナは思っている。
スペイン語ならある程度の会話力はあるし、それを応用してイタリア語もポルトガル語も若干理解する事ができる。
スペイン語とポルトガル語に至ってはスペイン語を母語とする友人達曰わく「標準語と関西弁くらいの違いしかない」らしいのだが、自分はネイティブではないのでそこまで応用は利かない。
はっきりと分かったのはこのリムジンクラゲはメスだという事、名前は「お前さん」だという事、この2点くらいだ。
耳はどこにあるか分からないが、壁(彼女の体)の近くで話せば振動で意思を伝える事ができ、口もどこにあるか分からないが彼女の内部にならその声を届ける事ができるらしい。
「『お前さん』じゃと?」
「はい。私もちょっと引っかかりましたけど、ご本人は好きらしいですよ、この名前」
「しょうかしょうか」
節乃はくしゃりと笑って、残りのお茶をゆっくり飲み干した。