sirena
□vamos
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【行こう】
何度新しい年を迎えても、人々は新鮮な気持ちで数日を過ごした後は、何事もなかったかのように日常生活へと戻って行く。
ただ、中には例外もあるようだ。
ココさんはすっかり変わってしまった、とナナは最近感じている。
具体的に何がどう変わったかは表現しにくいのだが、折に触れて感じる違和感は、真綿で首筋を締め付けるようにじわじわとナナを苦しめる。
あの忘年会の次の日、日の出と共にココに起こされたナナは、寝ぼけ眼のままあれよあれよという間に食事とチェックアウトをすませ、昼前にはグルメフォーチュンに戻ってきてしまっていた。
途中ヘリの中で二度寝してしまったり、帰ってからもバタバタと荷物の整理をしたりしている内に、あのパーティーは全て夢の中の出来事だったのではないかとすら思えるようになってしまった。
夢じゃなかった証拠は、今となってはただ2つ。
クローゼットに眠るあの黒いチャドルと、ナナの手元で今キラキラと輝きを放っているアクセサリーセットだけだ。
メイクを担当してくれたスタッフから渡されたのでナナはそれをてっきりレンタル品かと思っていたが、実は全然違った。
帰宅後荷物の整理をしていて、これをうっかり持って帰ってきてしまったと狼狽するナナに「それはボクが準備しておいたんだよ」とココはサラッと告げ、そのままその場から消えてしまった。
びっくりしてタイミングを失ったナナは、まだココにキチンとお礼を言えてないままだ。
イヤリングとネックレスに共通で使われている宝石はアレキサンドライト。
光の加減で赤に緑に色を変えるその石を身に纏えば、このオッドアイの不気味さが不思議と少なくなる気がする。
あれから、ココはよく仕事を休むようになった。
そして、ココが休むならと付き合うナナに根気よく日常生活のあれやこれやを教えてくれるようになった。
火の使い方、家の修繕方法や器具のメンテナンス方法、薬の知識など、多岐に渡る知識をナナへと伝えるココは、折に触れて「そろそろナナちゃんもこれくらい覚えておかないとね」とその理由を確認する。
家の修繕方法を説明するついでに、何ヶ所かはナナの使い勝手が良いように改良もしてくれた。
元々2メートルの大男(この世界ではそう珍しくもないのだが)が快適に過ごす為に作られた空間に、ナナの為の仕様が追加されていく。
「うわぁ、便利になりました。ありがとうございます」とその都度喜びながらも、ナナは一抹の不安をぬぐい去る事ができない。
―確かに、端から見ればココのしている事はごく自然な事なのかも知れない。
ナナとしても、ココが教えようとしてくれているものを拒否する理由はどこにもない。
だが、どうしても感じずにはいられないのだ。
これは、いつか彼がいなくなる時の為の準備なのではないかと…。
全ては、2人が一緒に生活する為ではなく、ナナが1人でも生きていける為の用意なのではないかと…。
アレキサンドライトを眺めながら、自室でナナはため息を吐く。
去年が、もう随分と遠い昔のように感じられてしまう。
のんびりと図書館へ通って、少し家の事を手伝って、後は美味しい紅茶を飲んで。
明日も明後日も来月も、こんな日々が続くんだと勝手に信じていた、穏やかで目一杯甘やかされた日々。
今ナナは、いつかの終わりに向けて、少しずつ自分達が進んでいっている事を感じずにはいられない。
終わりは、どんな形で訪れるのか。
その時、自分はどうなるのか。
…彼は、どうなるのか。
未来なんて見えないナナの目には、新しい事を毎日教えてもらって、楽しい発見がある、ココと過ごす満ち足りた日々しか見えない…。
階下から、ココの呼ぶ声がする。
今日は今から基本的な食材の名前やその調理方法を教えてもらうのだ。
きっと自分は知らない発見をまた沢山するんだろう。
そして彼はそんな私を見て「こんな事も知らなかったのかい」と笑いながら毒を吐くのだろう。
それを、怖いと思う自分がいる。
でも、自分は行くしかないのだ。階下へ、未来へ。
ナナはアレキサンドライトをぎゅっと握り締めてから、「はーい」と元気に返事した。