sirena
□domingo
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【日曜日】
思いっきり泣いて、泣いて。
ようやく気持ちも落ち着いて来たタイミングでココがお茶を淹れる。
随分前に渡されたタオルは、すっかり湿ってしまっていた。
目の前にカップが置かれる音を聞いて、ナナは再度タオルで顔を拭くと、ちょっと鼻が詰まった口調で「いただきます」と呟く。
先程購入したケーキもお揃いの皿に飾られて現れ、ナナの前は薄暗いながらも華やかな雰囲気に包まれた。
ココは何も言わない。
何も言わずにただ目の前のナナを穏やかに見つめる。
ヒドい人だ、とナナは紅茶を口に含みながら思った。
こっちの事は何もかもお見通しで、本人にすら分からない心の動きを的確に指摘して、どうすれば良いかそっと教えてくれるなんて。
街行く女性が彼に黄色い声援を上げるのは、そのルックス故にアイドルのような扱いを受けているのだろうと勝手に思い込んでいたが、今なら違うと確信できる。
きっと、あの女性達はみな1度はここに来たことがあるのだ。
それで、こうやって全てを彼に見透かされて、剥き出しにされた心を優しく撫でてもらったのだ。
会いに行けるアイドル、なんてキャッチフレーズで有名になった女性アイドルグループがあったけど、あれより凄い。
なにせココ様は、会いに行けるだけでなく、話を聞いてくれて、悩みも相談できて、しかも的確な回答までくれるのだから。
これにハマらない女性の方がおかしいとすら思える。
そこまで考えて、ふとナナは思う。
なぜそれがヒドいと思うのだろう?
…あぁ、そうか。
柔らかく甘い琥珀色の液体をゆっくり飲み干しながら、ナナは1つの事実に気付く。
自分は、彼にとって特別な存在だと思っていたんだ。
彼と一緒に生活して、優しくしてもらって、そんな自分は他の女性達とは違うと思っていたんだ。
それなのに、こうして彼の店で、彼が他の女性にしているのと同じような対応をされれば、所詮自分もその他大勢の中の1人に過ぎなかったのだとまざまざと見せつけられたような気がしてしまったのだ。
その事実が、どんな結論を導くのか。
ナナはそこで考える事をやめた。
きっとロクな事にはならない予感があったからだ。
ありがたい、と思おう。
料金も支払わずに占いをしてもらったのだ。
しかもケーキセット付きで。
この胸のもやもやは…
そうだ、年下の男の子に自分の内面を見透かされてしまったのが悔しいんだ。
あんな役に立たないIDじゃ、この先も自立への道は険しいかもしれない。
でも、いつか必ず独り立ちしよう。
この人に商売相手の様な扱いをさせない、強い女になろう。
対等な立場で物が言える関係になろう。
そういう意味で、彼にとっての特別になろう。
よし!
元気だして行くか!
と、一応の結論に至ったタイミングでココが話しかけてきた。
「ケーキも食べてね」
「はい!」
泣きはらした顔はきっとみっともないだろうが、敢えてナナは真っ直ぐ顔を上げて笑った。
誤魔化そうにも、どうやら彼はこの薄暗闇でもはっきり物が見えているのだ。隠した所で仕方ないのなら、開き直る方がまだ自分らしい気がする。
昔、「サトラレ」と言う話を読んだ。
自分の思考が全て周囲に聞こえてしまうという特異体質の人々の話だ。
その中で「サトラレ」の娘を持つある親は、娘の将来の為に娘を「思った事は何でも口にする正直者」に育てた。
どんなに思考が周囲に漏れたとしても、それが本心でしかも実際に言葉にも出しているのであれば、何も問題はない、というのが親の作戦だったのだ。
…自分も、「サトラレ」になったつもりで。
よし、その路線で行こう。
そう思ったナナは正直に思った事を口にする。
「でも、運動してないのにこんなに食べて、絶対太っちゃう気がします」
そう言えばココはにっこり笑って「そんなの気にしなくても大丈夫だよ。」と言ってくれた。
「その言葉、信じますからね」
ナナは勢いに任せてケーキを3つ平らげた