sirena
□farmacia
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【薬局】
手の包帯も取れ、恐る恐る家の用事や食事の支度を手伝うようになったナナとココの距離は、徐々に近づいていった。
「いやいや、普通に要らないですよ」
「別に遠慮する事ないんだよ?」
…ように見えてまだ変わってないのかもしれない。
「服ならもう十分以上に持たせてもらってますから」
「でもこの間街で新しいデザインが入荷したって教えて貰ったよ。次のシーズンはハイネックが流行るんだって。ナナちゃんにはちょうど良いデザインだと思うんだけどな」
2人で食後の片付けをしながら、どうにも会話は平行線らしい。
「いや、ちょっと待って下さいよ。じゃあココさんはどうなるんですか?」
2メートルの身長に合わせて作られたキッチンはナナには使い勝手が悪く、全ての作業に踏み台が必要になる。
それに上って食器を片付けながら、目線が少し近付いたのを良いことにナナが挑戦的な目線を寄越してきた。
「ボク?」
それを真っ直ぐ見つめ返して、優しくココは尋ねる。
あぁ、偉大なるココ様はこんな時まで天然タラシ振りを遺憾なく発揮されるのね〜なんて思いながら、ナナは1つ咳払いをした。
「そうですよ。私に散々服を勧めるココさん自身は、いつだって同じ格好じゃないですか。いや、同じ格好するのは全然良いんですよ。個人の好みですから。」
つまり、ココが同じ格好を続けるように、自分にも同じ格好を続ける権利がある、と言うのがナナの主張である。
これは果たして本気の主張なのかそれとも遠慮の表れなのか、ココには瞬時には判断できない。
服を新たに購入する費用が惜しいというのであれば、今夜の食卓でナナが舌鼓を打ったネオトマトの方がずっと値は張る。
はっきり言えばネオトマト1個で新しい服なんて5、6着は軽く買えるはずなのだが、これは絶対彼女には言えないなと密かに思うココだった。
「ボクのこの黒い服は特殊な繊維で出来ていてね、体の分泌物を通さないように出来ているんだ」それだけ説明すれば、ナナは全てを理解したのか、ピクリと動きを止めてココを見つめる。
「もちろん、一通りのシチュエーションに合わせた服は持っているよ。それに同じように見えるかもしれないけど、この服は何着かあるから決して毎日同じ服を着てる訳じゃないしね」
そこまで説明すると、ナナは気まずい顔でココの顔を凝視する。
「…知りませんでした」申し訳なさそうにそう謝罪するナナに微笑みかけて、「ナナちゃんは何も悪くないよ」と言うと、いいえ!と強い返事が返ってきた。
「つまり、その格好の時は、よそ行きモードなんですね?」
「?」
「私が居るから、家でも気を使ってそんな格好してるんですね?」
「??」
「ココさん!」
「ナナちゃん?」
「私には変な気を使わないで、もっとリラックスした格好して下さって良いんですよ!」
「え?」
「リビングにパンツ一丁で寛いでお腹ボリボリ掻いたって、私全然気にしませんし、誰にも言いませんから!」
「ナナちゃん、ちょっと待って」
踏み台から乗り出す勢いでそうまくし立てるナナをココは慌てて落ち付かせようとする。
必死に訴えてくるオーシャングリーンと若草色の瞳の輝きに思わず魅入られそうになるが、その可愛い顔から「パンツ一丁」だの「お腹ボリボリ」だの言われるとかなり微妙な気持ちになってしまう。
つまり、彼女はボクが気を遣ってこの格好をしていると思っているのか。
ようやくそこに思い至り、ココは思わず微笑する。
「それは違うよ、ナナちゃん」
スッキリした顔をしてそう言えば、今度はナナが不思議そうな顔をした。
「ボクは今までも基本的にこの格好なんだ。特にナナちゃんに気を遣ってる訳じゃないんだよ」
そう伝えても、ナナは「でも、私には毒も効かないですし…」と食い下がってくる。
「この服、見た目よりもずっと伸縮性があって動き易いんだよ」
確かにナナはココの体質を気にする必要がない。
(もちろん、全ての毒に耐性がある訳ではないとココは思っているが)
自分の毒を気にしなくてもいい相手なんて今まで出会った事がないので、ココは時々その距離感に戸惑ってしまう。
今も、なんの躊躇もなく肩口付近の布を引っ張って「お〜。確かに」なんてされると、毒の危険性はなくても、ではどこまでなら接触を許して良いのか。
「…とりあえず、お茶にしようか」
ティーブレイクに助けられているのは、実は自分かもしれないと思うココだった。