sirena

□trabajo
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【仕事】

さて             
            
なんとかあの悪夢のような施設から抜け出す事に成功したナナだが、今度はまた別の問題に頭を悩ませていた。


キッスの背中の上、一路家路を急いでいるはず…なのだが、いかんせん、どうにもこうにも気まずい。

ココもナナもお互い一言も発する事なく、しかしキッスの背の上でかなり密着する形で座り続けるという、なんとも言えない状況が続いていた。

あの時は、とにかくあの場所が嫌で、なりふり構わず展開に身を任せる形になってしまったナナだったが、今更ながら良く考えなくてもキッスの世話になるという事は今自分の後ろにいる人、つまりココの世話になる、という事で…。

それなのにキッスの了承のみで、彼の承諾はまだ一切得てない訳で…。
           
第一印象はお互いあまり良くなかったし(とナナは思っている)そもそもこの人があの所長に連絡とって私をあそこに送り込んだ張本人っぽいし…なんて考えると、一体なんと言って話しかけたら良いのか、とっかかりが全然掴めないまま、今に至っている。


(改めまして〜みたいな自己紹介から入るべきか…、まぁ名前以外に紹介できるもんもないんだけど。それとも単刀直入に「お世話になっても良いんですよね?」って聞いてみるとか…、いや、もしかしたら今向かってる先はあの家じゃなくて全然違う別の施設かもしれないし、そう考えたらここはやっぱり「今どこに向かってるんですか?」が一番無難かな…)

うだうだとそんな事を考えていたら、キッスが一言「重い」と鳴いた。

「すすすすみませんっ!そうですよね、重いですよね!あの、私、一旦ここで降りますね!また手の空いた時にでも迎えに来て頂けたらそれで十分ですから!」

慌てナナはそう答える。

「いや、今君のいる場所がボクの定位置なんだ。多分重心が後ろになってて飛びにくくなってるんだと思うよ」

意外にもキッスではなくココがそう答え、「失礼」と言ってナナの方に近づいて来た。

私ももうちょっと前に移動した方が良いのかな?と思い、チラリと後ろを伺おうとして、例の長い白髪がココにまとわりついているのに気づいたナナは、慌てて髪を手繰り寄せて掴む。

「っすみません!全然気付かなくて!あの、こんなの、みっともないしさっさと切りたいなって思ってるんですけど、あそこじゃなかなかその機会もなくて…」

何とも言い訳がましい、ていうか100%言い訳を口にしてから、せっかく初めての会話だったのになぁ、とナナは軽く自己嫌悪に陥る。

ココはナナの髪の毛を見て「そうだね。最初に見た時よりもちょっと痛んじゃったね。」と会話を合わせてくれた。

その優しいフォローがなんとも紳士的で、思わずナナはヘラリと笑う。

「…ありがとうございます。でもまぁ、どの道こんなおばあちゃんみたいな髪の毛、バサッと切っちゃわないとおかしいですよね。」

「え?」

「…え?」


そして数秒の沈黙が訪れる。


(や、ヤバい!)

「あの、キッスさん!」
「?」
「キッスさんの言葉、ココさんも分かるんですよね?」
「いや?」
「え?」
「キッスとは長い付き合いだからね。声の雰囲気で何となく言いたい事は分かるんだよ。」
「そ、そうなんですか。失礼しました」

そして再び沈黙が流れる事数秒。

(ヤバい!ヤバいよ!完全に悪循環にはまってるじゃん)

折角会話を始めることに成功したのに、微妙に噛み合わない展開が何度も続きナナは無駄に焦り始める。


「…とりあえず、着いたら食事でもしようか。これからの事はまたゆっくり話をしよう、ね」

ココは優しくそう提案してきたが、ナナの気まずさはあまり解消されなかった。
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