sirena2
□Los ojos
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【瞳】
さらさらと、髪を優しく撫でる大きな手の存在を感じながら、ナナの意識がゆっくりと浮上していく。
大きくて、それでいて器用なこの手が生み出す数々の料理も、毎日のように淹れてくれる紅茶も、ついでにこの手そのものも、全てがナナのお気に入りである。
パソコンのお気に入りフォルダーに例えるなら、彼のファイルを1番上に作って、その中に目一杯細分化した彼の情報をずらっと並べておきたいくらいだ。
髪の毛、眉、瞳、鼻筋、耳、口、頬…
細かく分けた情報を順に眺めては悦に入る。そんな行為が冗談ではなくできてしまいそうな自分が怖い。
それくらいには彼に溺れてしまっている自覚がナナにはあった。
―今から約1年前、ある日突然なんの理由も分からないまま、ナナはグルメフォーチュンの駅に降り立った。
姿形も変わっていてかなりショックを受けたが、それ以上にショックだったのは自分の意志に関係なく特定の人間−グルメ細胞保持者を引き付けてしまう事だった。
一時はIGOに捕えられたりもしていたが、キッスのおかげでなんとかそこを出る事もできたし、その流れで彼の元に厄介になる事もできたので、まさしく人生万事塞翁が馬だ。
ふと、髪の毛を梳いていた手が優雅に動いてナナの腰を背後から抱きしめる。
きっと彼は目を開けているんだろう。
それで、目覚めたナナの電磁波とやらの変化にとっくの昔に気付いていたんだろう。
今日も朝から完敗だ。
彼はどうもいちいちやる事が気障で王子様でイケメン過ぎて、ナナは未だに平常心で接する事ができていない。
…これが惚れたもん負けってやつなんだろうなぁ。
そう観念してナナはそっと振り向いた。
ついでに1つ伸びをする。つま先まで気持ち良く伸ばすとちょっと涙が滲んでしまって、目の前の彼が滲んで見える。
彼の目は、案の定朝日を浴びてキラキラと琥珀のような輝きを帯びていた。
(うわ〜、朝から全開)
ナナは結構長い間この目を見てきたので知っている。
普段はお砂糖たっぷりのミルクチョコレートのような色をした彼の目が、その虹彩を鮮やかにして色を変える時、彼の目は常人ではあり得ないスキルの数々を発動させるのだ。
紫外線、赤外線、果ては電磁波の可視に始まり、視力は10.0だし、まるで魔法のようだが探し物だってお手の物で、何がどこにあるか、誰がどこにいるか、更にはどんな獲物がどの狩場にいるかだって占えてしまう稀代の占い師。
街に構える彼の店には連日長蛇の列ができ、女性達は皆一目彼に会いたいと精一杯めかし込んでそこに並ぶ。
更には最近お休みしていた美食家としての活動も再開させ、元々美食会のカリスマ、四天王として有名だった彼は益々有名人だ。
彼と目が合うと、ちょっと眩しそうに両目が細くなり、それからマシュマロのような甘い微笑みを浮かべて、耳元に唇を寄せて囁かれた。
「おはよう、ボクの人魚姫」
ぐは!
会心の一撃!
ナナは300のダメージを受けた
って、違う違う
「…おはよう、ございます」
おずおずと返事をするナナの頬は既に相当赤い。
その赤さに思わず唇を寄せて、彼―ココはくすりと笑う。
人一倍遠慮がちな性格は、そう簡単には変わったりしないようだ。
頬へのキスが恥ずかしいのかナナが少し距離を取ろうとする。
逃げるような素振りは逆に雄の本能を刺激するだけだと、いつになったら学習するのだろうか?
ココは、クスクス笑いながらナナを引き寄せて自身の下に組み敷く。
彼女に嫌がられようと、どうにも彼女に触れたい衝動が止められない。 この条件反射はまるで自分自身の意志など関係ないかの如く自分を支配する。
これが、惚れたもん負けってやつなんだろうな。
朝日の中、なんだかんだで全く同じ事を考えながら、ココとナナはクスリと笑い合い、軽く唇を合わせた。