拍手ログ

□馬謖
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あれは雷鳴響く土砂降りの夜だった


すっかり明かりの落とされた深夜のグルメ研究所内

漆黒の服を身に纏い静かに歩く人影がひとつ

その手には何やら小さな生き物が乗せられている。


「どこへ行くつもりだ」


その存在を、まるで待ち構えていたかのようにゼブラは呼び止めた。



暗闇の中、一瞬の閃光がココの姿を写し出す


「…お前には全部聞こえてたみたいだな」


その瞳も表情も穏やかで、ザーザーという豪雨のノイズの中で確かに聞こえる彼の心音ですら、いっそ小憎らしい程に穏やかだ。


しかし

荒れ狂う空と、暗闇に静かに佇みひっそりと笑う彼

対照的な筈なのに、ゼブラの目にはそれらが全く同質ものであるようにも映った。



「…その紙か」

ゼブラの耳が、ココの鞄の中で小さく折り畳まれた紙切れの、カサリと立てた音を聞き分ける。

ズカズカとココの側まで歩を進め、彼の両手が小さな生き物で塞がっているのを良いことに、ゼブラは彼の腰元の鞄を勝手に開けてその紙を取り出した。



それは、年に1度更新される第一級危険生物の最新リストだ

薄暗闇の中、紙の存在は耳で確認できても、その内容までは流石に把握できない


「…そうだよ」


紙を持ったまま、しばし動きを止めたゼブラに、ココは静かにひとつ頷いた。


「ボクもそこに載っている」


ピカリ、と閃光が暗い廊下に一瞬あかりを灯す。



さ、返してくれ、と言われ、しかしゼブラは動かない。

自分の地獄耳が仕入れた情報のまま、全く予想通りの行動に出ようとしている彼に、元々気の短いゼブラはイライラし始めていた。


「こんなリスト持って、どこへ行くつもりだ」


再び暗闇へと戻った廊下に、少し遅れてゴロゴロと雷鳴が鳴り響く。


「…IGOは人々の生活よりも研究を優先させる傾向が強い。その存在がどんなに生態系や人々の生活に危険をもたらしても、その生物に研究価値があるのか、肉はうまいのか、その土地以外での繁殖は可能か…。それらが確定するまでは野放しにしておくケースが多い」

…生物愛護だと主張して、ね


そう淡々と告げるココに、ゼブラはギリリと歯を鳴らす。


「それで、そいつらをやっつけて、みんなに感謝されようって寸法か?」


闇の中、彼の心音が微かに反応した


この音は『イエス』だ


「そうやって自分の存在を誰かに認めてもらわねぇと生きていけねぇのか?」


しかしそれは一瞬の事で、すぐにその心音はいつも通りの穏やかなものへと戻る。


「…チョーシに乗りやがって」


「返すんだ、ゼブラ」


あくまで静かに先程と同じ言葉を繰り返すココを、ゼブラは敢えて無視した。


「このリストの奴ら、どいつもこいつもチョーシに乗ってやがるぜ」

ろくに見えもしないリストを掲げてゼブラはそう唸る。

「ゼブラ?」

「あー、ムカつくなぁ!ムカついてムカついて、グッチャグチャにしたくてたまらねぇなぁ!」


自分の事をどう言われても動揺しなかった男が、脈拍を上昇させ突然慌て始める音がゼブラの耳に心地良く届いた。


「おかしなことを考えるのはよせ。いくら美食四天王だなんて言われても、生態系に影響を及ぼすような行為をすればさすがにタダでは済まされないぞ」


「チョーシに乗るなよ、ココ」


手にしたリストを彼にしては丁寧に畳み、それをズボンのポケットにしまいながらゼブラはニヤリと笑う。

「俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

彼が息を吸い込み何かを言い掛ける、その音を確認してわざとそれより先にゼブラは畳み掛けた。

「第一よぉ、一番チョーシに乗ってるのはお前だからな。
ちょっと危険生物に指定されたからってイチイチ大騒ぎしやがって」

俺を見てろよ

んなもん、1年とかからずになってやるよ

ケッ、と唾を吐き捨てる勢いで宣言したセブラは、呆気に取られるココに背を向けその場を立ち去ろうとする。

「何を言ってるんだ!?」

思わず声を荒げてココは1歩ゼブラに詰め寄った。


「落ち着くんだゼブラ。第一級危険生物になってどうするつもりだ?」

「どうもしねぇよ」

優しい年長者の心配をゼブラは一蹴する。

「んなもん、周りに好き勝手言わせてりゃ良い。誰がなんと言おうが俺は俺だ。好きに生きるだけなんだよ」


「ゼブラ…」


「いいか、お前は最後だ」


ビシリとココを指差した瞬間、再び閃光が走る

ココの顔は、驚愕しつつも明らかにゼブラを心配そうに見つめていた。

「いつか俺がお前をぶっ潰しに行くその時まで、短い余生だ、せいぜい好きな場所で好き勝手して楽しく暮らせや」

「ゼブラ!」

「いけよ!」



バタバタと、研究所の奥が騒がしくなり始めたのを、ゼブラの耳は捉えていた。

恐らく、研究所の機密情報が保管された部屋の鍵が、何かの劇薬で溶かされているのが発見されたのだろう。

「行け、ココ。奴ら気付いたみたいだぜ」

「ゼブラ!いいか、早まるなよ!考え直せ!」

まだそんな事を気にしているお人好しに向かって、ではなく、外に向かってゼブラはサウンドバズーカを放つ

「ゼブラ!」

「じゃぁな、ココ」

研究所を立ち去りながら、尚も何か言いたげにこちらを振り向いた彼に向かって

「チョーシに乗るなよ」

ゼブラは万感の思いを込めてそう呟いた。
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