sirena3
□pajarita
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黒スーツの男はいわゆる用心棒、というやつだろうか?
隙のない仕草でフロアの端まで行くと、そこにあった扉を開けた。
扉は豪華なカジノの壁と全く同じ素材でできていて、一見しただけではそこに扉がある事に気付きにくい仕様になっている。
先に彼が中に入り、私達も続けて入った。
扉の先は、表とは打って変わってシンプルな色調の廊下へと繋がっていた。
薄明かりに照らされ、等間隔で並ぶ幾つもの扉を眺めながら暫く無言で歩き続ける。
きっとここはスタッフオンリーのスペースなのだろう
「入れ」
用心棒(多分)の男は、その中の比較的しっかりとした造りの扉の前で立ち止まると、ノックをして室内の人物に確認を取ってから私達にそう言った。
室内は普通の応接室の様で、革張りのソファが幾つか置かれている。
そして、奥のデスクにはゴツいスキンヘッドのおっさんが座っていて、書類から顔を上げるとこちらを一睨みしてきた。
「ネルグのヤクザがグルメカジノに何の用だ?」
ドスの効いたその声に、私は自然と一歩後ずさる。
「別に揉め事起こしに来た訳じゃねぇよ。むしろその逆だ」
「何?」
訝しげにこちらを睨むスキンヘッドとは対照的に、マッチさんはどこまでも軽い調子を崩さない。
映画にそのまま出てきそうな、両腕を少し広げたポーズをしてから「取り敢えず今日はちょっと挨拶に来ただけだ」と告げ、更に「もし可能ならその先の話も大歓迎だがな」と続けた。
「その先?」
「そうビビるなよ。もちろん、ビジネスの話だ」
ビジネス?
再び出てきた単語に私は首を傾げる
「随分と楽しい食材を集めてるそうじゃねぇか。折角だから俺達も一枚噛ませてもらおうかと思ってな」
マッチさんはそう言ってニヤリと笑うと「俺のシマには賭場がないから丁度良い。『飲む』『買う』だけじゃなくて『打つ』方も組のやつらに経験させてやりてぇと前々から思ってたんだ」と、後ろの2人を見ながらそう続けた。
「へっ、この世界に自ら飛び込もうってのか?ケツの毛まで毟り取られちまっても知らねぇぞ?」
「こりゃ、わざわざご丁寧なご忠告で。だがそんな事、あんたの知ったこっちゃねぇだろう?」
あくまで軽い調子で話を続けるマッチさんに、男が改めて「で、何が目的だ?」と尋ねる
「まぁそう警戒するなって。まずはお互い仲良くしていこうじゃねぇか。そうだな、取り敢えずこれからは入場と同時に黒スーツの集団に囲まれるってのは止めてもらいてえな」
相変わらず立ったままでマッチさんはそう続けた
私の頭の中は疑問符で一杯だ
ええと、つまり
マッチさんはこのカジノで遊びたい、んですか?
「随分と勝手な話だな、おい。ヤクザをカジノで野放しにしろ、ゆくゆくは取引にも応じろってか?あんまり俺達を舐めねぇ方が良いぞ?この世界はお前らの想像以上に複雑に入り組んでいる。裏の裏にゃそら恐ろしい世界だってある場所なんだぜ?」
男は更に目付きを鋭くさせてこちらを睨んでくる。
私はその眼光とおでこの煌めきにまた1歩後ずさりそうになったが、すぐ後ろにはルイさんとシンさんがいて、もうそれ以上下がるスペースはなかった。
「へっ、こちとらグルメヤクザだ。んなもんこれっぽっちも怖くねぇよ。もちろん、タダとは言わねぇ」
マッチさんはそう言ってクルリとこちらを向く
「おい」
…え?
私?
突然の呼び掛けにいやまさかと思いながらも、彼の目線の先がもしかしたら自分かもしれないと思った私は、つい自分を指差したポーズのままで固まってしまう。
固まったままの私に焦れたのか、彼は少し間の開いてしまっていた私達の距離を真っ直ぐ3歩で縮めると、私のコートに手を掛けフードをめくって見せた。
「ええと、マッチさん?」
「どうだ?」
「へぇ、中々の上物じゃねぇか」
え?
私の後ろでシンさんとルイさんが息を飲む音が聞こえる。
「なるほどね。最初の貢ぎ物にしちゃ上出来じゃねぇか」
スキンヘッドのおっさんがデスクから腰を上げこちらにやってきた。
「貢ぎ物じゃねぇよ、言っただろう?取り敢えず、最初の取引だ」
茫然と立ち尽くす私をよそに、話はどんどん進んでいく。
「これと交換にカジノの出入りを自由にして欲しいと?」
「そうだな、まずはそこら辺から始めようじゃねぇか。どうだ?悪い話じゃねぇだろう?」
「まぁな。で、この女、どこに流しちまっても良いんだな」
…もしかして、いや、もしかしなくても
私、ここに売られるんデスカ?
「んな訳あるか」
私の疑問にマッチさんがすぐさま答えてくれ…た訳ではないみたいだ。
「こりゃある筋からの大事な『預かり物』だ。お前らがどれくらいビジネスに対して誠実か、まずは見極めさせてもらう」
「あぁ?何ぬるいこと言ってやがる。『売り』もしねぇ女をどう使えってんだ。掃除婦にでもしろってのか?」
えぇ!?
う、売りって、売りって所謂『春』を『売る』って事じゃないですよね?
さっきから突っ込み所満載の2人の会話に、それでも本当に突っ込む事もできず、当然マッチさんの方も見れなくて何となく後ろを振り返った私は、苦虫を噛み潰したような顔をしたシンさんとルイさんの表情に、マジで?と声に出さずに唇を動かした。
「おい」
「…っはい!」
マッチさんにポンと肩を叩かれ、私は信じられない気持ちのままにそこでようやく彼を見上げる。
そうして彼の次の言葉に完全にフリーズした
「歌え」