sirena3

□verdad
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そうして訪れた温泉旅館


私はザ・旅館ルックである浴衣に着替え、何度目かの溜め息をついていた。




中途半端なタイミングで寝てしまったからだろうか?
なんとなく、出発した時よりも調子が良くない気がする。

せっかく目の前にずらり並べられた会席料理の数々にも、なかなか箸が進んで行ってくれない。


いかん
これはいかんぞ

かの福沢諭吉様に御出まし願って設けたこの席で、食べ残しとかそんなもったいない事を、よりによって私がするなんて有り得ない。

そう思って果敢に挑戦するものの、今度は頭を捻ってしまう。

目の前で舌鼓を打ちながら盛り上がっている友人には大変申し訳ないのだが、ぶっちゃけあまり美味しくない、気がするのは気のせいだろうか?


体調が悪いから味覚が狂ったのかな?

それとも、最近美味しいものばかり食べてたから舌が贅沢に…って、


…いやいや、そんなことない、むしろその逆だ。

再来月に控えたイベントのポスター作成が少し押していて、ていうか企画自体も準備するべき事が山積みで、最近は連日連夜、深夜に帰宅する日々を送っている。

(本当はこんなところに来てちゃいけない気もするが、っと、それは今更。気にしない気にしない)


帰宅したからといって夜中にガッツリ食べて良い体型でもなく(トホホ)、かと言ってじゃあ残業中に職場で堂々と夕食が食べられる程図々しくもなれず、だからといって何も胃に入れずに翌日まで過ごすのなんてしんどすぎる。

そんなこんなで、ゼリータイプの栄養補給サプリや、スティックタイプのバランス栄養食、後はひたすらサプリメントで日々を乗り越えている今の私が、どうやったら美味しいものばかり食べてたなんて思えるんだろうか?


いや、栄養補助食品だって十分美味しいけど。

美味しいけど…


あ〜、なんだろう?


何だか脳みそのシワとシワの間に大事な何かを挟み込んでしまったまま、見失ってしまったような感じだ。


結局、少し食事を残してしまった私は、「もう今夜は休みなよ」と言ってくれた2人に適当に愛想笑いをして、もう1度お風呂に入りに行くことにした。



露天風呂に入ろう

私は唐突に決意する。

あの、熱々のお湯と、ひんやりとした外の空気のコラボレーションで頭をすっきりさせられたら、この居眠りの後遺症ともおさらばできるに違いない。


そうだ、そうに違いない

なぜか私はそう自分に言い聞かせながら、露天風呂へと続く案内板をフラフラと追い続けていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



夜の露天風呂は貸切状態だった。

『飲酒後のご入浴はおやめください』
そう書かれた看板に、大丈夫ですよー。全然酔ってませんよー。ちょっとふらついてますけど、これは私の脳みそがしわしわになって…あ、もともと脳はシワシワかぁ、なんて訳の分からない言い訳をしながら浴衣を脱ぐ。


なんて言えば良いんだろうか?

とにかく自分で自分の感覚が良く分からないというか、何かが『足りない』というか、今まで抱いた事のないタイプの違和感を感じながら、私は取り敢えず温泉に浸かった。


源泉かけ流しの露天風呂には、途切れることなくお湯が流れ込み、ちょうど私が座り込んだところではぐるぐると温かいお湯の渦がまるでマッサージをするかのように私の足を心地良く撫でていく。

特にする事もなく、私はボーッとその透明な渦を眺めた。


「瓶覗きの色」という色があるらしい。
瓶(かめ)の中にただの水を入れて覗いてみると、ふとした瞬間、その無色透明の水に色が映り込む瞬間があるという。

その瞬間、そこに布を浸して染めた色が「瓶覗きの色」だ。

え?ぶっちゃけ色、付いてないんじゃ?なんて突っ込みたくもなるが、なんとも情緒豊かな日本人らしい色彩感覚だと、初めてこの話を聞いた時は感動した覚えがある。




…ええと、つまりですね。

見えるんです。

渦の中に、色が。

青のような、緑のような、それがマーブル状に混ざりあってぐるぐると渦の中を回ってるんです。



…まただ

この感覚、一体全体なんなんだろう?

この色を、私はどこかで見たような気がする。

どこで見たんだろう?

あぁ、ダメだ。

私の思考はさっきから物凄く曖昧で、何か一番肝心な事を、一番大切な事を忘れてしまっているみたいだ。



お湯にゆっくり浸かったまま目を閉じたら、なんだか世界がぐるぐる回っている気がしてきた。

渦の見すぎか?と一瞬思ったが、いや待てよ、と思い直す。

まさかこれは、今まで生きてきて1度も体験した事がない「のぼせる」という現象だろうか?


おぉ〜これがあの有名なのぼせるという事かー。


他人事の様にそんな感想を述べてから、「いやいや、ヤバいヤバい」と私は立ち上がろうとした。



あぁ、でも、ぐるぐるする・・・。

立ち上がる事に失敗した私は思わず縁に手をついて、また例のぐるぐると目があってしまう。


キラキラと、ぐるぐると回るあの世界


ふと、このぐるぐるの中に自分が思い出したい『なにか』が隠されているような気がして

私は自分が何をしようとしているのかいまいち理解できていないまま、気が付いたらぐるぐるの中心に突っ込んで行っていた。



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