sirena

□sirena
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飛び込んだ海水は、アイスヘルを遠く離れたにも関わらず凍てつくように冷たかった。

準備運動も何もなしで飛び込んだ体に、その冷たさはまるで無数の針に刺されたようにも感じられる。


その瞬間、既にナナは飛び込んだ事を後悔していた。

 



トリコが落ちた瞬間、リムジンクラゲの叫びがナナの耳に飛び込んできた。

行って
行って
あなたが行って



えぇ!?私が!?

とぶっちゃけ思ったが、確かにここにいるのはみな厳しい戦いを乗り越えたばかりの傷ついた人達ばかりだ。
 
ココはまだ下の階だからこの事態には気付いていないかもしれない。
 
もちろん、彼の事だからすぐに気付いてきっと何とかしてくれるはずだが。
 
でも、もしも間に合わなかったら…?
 
トリコは今重傷を負っている。とてもじゃないが自力で泳いだりはできないだろう。

行って
行って
あなたなら行ける

リムジンクラゲはそうナナに語りかけ続けている。

こうしている間にトリコが沈んでしまったら…
 
そう思った時ナナは気付いた。

 
何の役にも立たない、足手まといなだけの自分にも、できる事があるんじゃないか?
 
もしかしたら、自分が行ったところで救助の手間を増やすだけになるかもしれない。
 
でも、とりあえず、トリコを捕まえに行こう。捕まえさせすれば、あとはきっとなんとかしてもらえるはず。
 
そんな僅かな時間稼ぎでも、もしかしたら大事な繋ぎ役になれるかもしれない。
 
ナナはコートを脱いで、ついでにブーツも脱ぐ。
 
とっさの判断だが、ブーツが海水を吸ったら泳ぎにくくなると考えたからだ。

 
そして、マッチや鉄平が押し合いをしている横を思い切って飛び降りたのだった。

 




思ったよりも透明度の高い海水の中、トリコは比較的簡単に見つける事ができた。

必死に体を動かしてはいるが、片腕ではバランスが取りにくいのか、体はどんどん沈んで行っている。

 
海水の冷たさがジンジンと肌を刺す。
 
必死に足を動かすが、思うようには動いてくれない。
 
痛みと焦燥感に半泣きになりながらも、ナナは必死に体を動かし続けた。

 

ふと、海中でトリコと目が合う。
 
その瞳が驚愕に見開かれる。
 
あんまりビックリしたのか、いつもよりも随分幼く見える顔に、不謹慎ながらもナナはちょっと笑ってしまった。
 
初対面の時みたいな、獲物を見るような目よりはずっと良い。
 
この目は、私を私だと、ナナだと認識してくれている目だ。
 
まさか私が来るとは思わなかったんだろう。
 


ふと、体中を突き刺していた痛みが和らいだ。

 
トリコが伸ばした右手をなんとか掴み、必死に浮上する。

浮上しながら、ふと体の違和感に気付く。
その違和感が何なのか、ナナは初めての感覚に首を傾げた。



「ぷはぁっ!!」

同時に海面に上がり、2人は必死に肺に酸素を取り込む。

「ハァッ!ハァッ!おい、ナナ!お前っ!」

「…ここは風が強すぎる」

周りを見渡し、すぐ近くに島を見つけたナナはトリコを引っ張ってそこに向かい泳ぎ始めた。

「おい!!ナナお前!!ぶほっ!」

「トリコ、口閉じてて。溺れるよ」

トリコの両脇の下に腕を差し入れぐんぐん進みながら、ナナは手短にそれだけトリコへ伝える。

正直、頭の中はパニック状態で、油断したら泣いてしまいそうだった。

島に向かいながら、この一年の事が走馬灯のように頭をよぎる。

なぜ目の色や髪の色が変わってしまったのか

なぜ自分はグルメ細胞保持者に狙われるのか

なぜ自分には毒が効かないのか

なぜ生き物の言葉が理解できるのか

なぜ日に当たるとすぐに火傷のようになるのか

なぜこんなにも他の人と違うのか。

全ての答えは、海の中にあったんだ。

海水が、キラキラと夕日を反射する。
驚異的なスピードで泳ぎながら、ナナは必死で下唇を噛んでいた。
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