BOOK2
□ロマンス@雪の華オンテムSS
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馴染みのカクテルバーにテミン連れてきたのは初めてだ。
せがまれて頼み込まれ・・・
別にいじわるをしたわけじゃない。
僕は時々実際にここにくるんだ。
"おじいちゃん"なんて呼ばれる僕が、下町のスナックみたいな年配者ばかりのバーに足を運んでいるなんて。
ドアを開けると、テミンには最初とても驚いたみたいな顔をして僕を見て。それから珍しそうに、きょろきょろあたりを見回しながら僕の後ろをついてきて、案内された円形のカウンターを僕が叩くと、横の席にちんまりと腰かけた。
テミン「・・・ヒョン、本当にこんなところ来るの?」
オニュ「くるよ?」
僕はメニュー表を差し出す。
「ヒョンは?」と訊かれたのでリキュールのを指すと、同じものを、と店員に注文した。
ぐるりと中心のバーテンダーを囲んで輪になるように設計されたテーブルに、僕の隣にも、テミンの隣にも、知らない客が座っている。
どこかの2次会をしている人たちもいれば、スーツのまま商談の紙を広げたままグラスを傾けている人たちもいる。
お酒の席での人たちはみな、一様に明るい。
テミンが珍しそうに、ライトアップされるように正面に並べられたアルコールのボトルたちをしげしげと眺めているのを頬を緩めてみていると、
隣の席の客が僕の肩を叩いた。
「若い子は珍しいねぇ」
オニュ「あ、どうも・・」
ずいぶんと酔っていらっしゃるのか、上機嫌な顔になっているその常連は、この店でバーテンダーを務めている人の名前や、今歌を歌ってくれている人の名前なんかを、僕に教えてくれる。
「若い子は、こんな歌しらないよねぇ」
オニュ「え?」
込み合った店内で、ずいぶんと離れた席に座らされてしまったが、前の方では、キラキラとまわるミラボールの下で、年配の人たちが楽しそうに演歌を楽しんでいた。
常連客は1曲歌い終わると、ステージに大きな拍手をなげる。
「若い子は、歌、すきでしょ?歌える?」
オニュ「えっ‥いや‥」
「なにか歌ってよ。はやりの歌でいいんだから!」
常連客は酔った顔を近づけて耳打ちをするようにそう言うと、スタッフに手を伸ばして呼び止め、カラオケのデンモクを持ってくるように指示した。
オニュ「え、僕・・うたえ、ないですよっ」
「若い人の歌で大丈夫!みんな喜ぶから!」
服の裾を掴まれ、せがまれるように言われると断れなくて、僕はしぶしぶデンモクを見つめる。
ここで歌っても浮かないようなうた・・・何かないかなぁ・・・。
常連客と覗き込むようにデンモクと格闘していると、
ふいに、
「おまたせしました」
と、コトリとカクテルグラスが目の前に置かれた。
テミン「わぁ、きれいだね(棒読み)」
明らかに機嫌を損ねた声色で、隣でテミンが僕の表情など見ないでグラスを傾ける。
オレンジのリキュールは、グラスの底だけが赤で、傾けるたびにオレンジ色を浸食していく。
テミンはカクテルピンに刺さったオレンジとチェリーを珍しそうに指で触りながら、僕を気にせずグラスを傾けた。
常連客が、「これ歌いたいな!」と自分のを先に入れたので、ぼくはしめしめ、と思った。
けどすぐに、
「じゃあ、何にする?」
とデンモクを渡されてしまったので、僕は、
オニュ「じゃあ・・・・雪の華を・・」
と、咄嗟になんとなく今思い浮かんでいた歌を口にした。
カウンターに居た年配のバーテンダーは、そんな僕らの様子を苦笑いしながらデンモクを受け取り、簡単に番号を操作していった。
常連が目の前に置いてあったガラス器にチャリンと小銭をいれていく。
ここのシステムはどうやら、歌う時に1曲分をここに支払ってからステージにあがるようだ。
「じゃあ、先に歌ってくるから!」
オニュ「はい、気を付けて」
常連が立ち上がって前のステージに向かうと、
さっきから僕に一言も口をきいていなかったテミンが、急に僕の裾をクンッと引っ張った。
オニュ「ん?」
テミン「・・・もう、かえろう?」
オニュ「お酒は、満足した?」
テミン「うん」
オニュ「すいません、連れが酔ったのでまた・・」
僕はカウンターの店員に声をかけると、会釈してしずかに店を出た。
にぎやかだった店内の音を遮断するようにお店の防音扉を閉めると、
外は少し冷たい風が吹いてきて。
急に現実に僕を引き戻した。
もう、あの歌も、おしゃべりも、にぎやかな声も、
何も聞こえない。
聴こえるのはただ、外気と、風の音だけ。
テミン「・・・怒ってるの?」
オニュ「ううん?うれしいよ」
テミン「え?」
オニュ「テミンが一緒に居てくれるから」
そう言うと、テミンは無言で僕に擦り寄り、酔って温かくなってしまった腕を、僕に絡めてきた。
テミン「雪の華は・・・僕にしか歌って欲しくない・・の」
小さくつぶやくように言った本音に、
僕は頬緩ませながら。満足げに、
店をあとにした。
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