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□キッスは瞳にして
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「アキラちゃんを落とすぞー!」
なんて、意気込んでたあいつが‥パタリと来なくなった。
ファミレスで一緒に飯を食った、その翌日から。
『キッスは瞳にして』
なにかの作戦か?
それとも、あいつの事だ‥他に好きな奴ができたとか?
あぁ、そうかもな!
所詮、俺程度の男なんてゴマンといるし、別に俺じゃなくてもいいだろうしな!
あいつ、女にモテるし。
なんだよ‥散々、人を口説いておいて。
その気に‥させておいて。
期待させておいて。
毎日、毎日欠かさず武装の集まるスクラップ工場に来ていた前川。
もう一週間も姿を現してない。
そりゃあ毎日来ていた時は「うぜー」とか思っていたけど‥
いざ、来なくなると‥
不安になるじゃねぇか‥
ガンッ‥!!
スクラップ工場の廃車を足で思いきり蹴飛ばしたー。
「ん?明、どうした?えらく荒れてるなー」
「将五‥いや、なんでもねー」
「そういや、聞いたか?前川の奴‥一週間前にスクーターで事故ったって。」
「っ‥!!!」
目の前が一瞬、真っ白になった。
「それでっ‥!!それで、前川はどうなんだよっ‥!大丈夫なのか?なぁっ‥将五!!」
「落ち着け、明。大丈夫だ‥軽い全身打撲と、左手の骨にヒビが入っただけらしい。全治二週間の入院とか言ってたな‥」
「入院‥そうか‥。」
それで、パタリと来なくなった訳か‥。
ん?一週間前‥?‥って、俺とファミレスで飯を食った日じゃねぇか‥!!
あのあとか‥!!
「将五、その事故って夜か‥!?」
「あぁ‥国吉の話だと、帰宅中に猫を避けようとしてガードレールに激突したみたいだ‥」
「あのあほ‥」
「前川は明に懐いてたから、お前ならとっくに知ってると思ってたよ。」
いや、知らねーし。
勝手に懐いてきたのは向こうだし。
連絡先だって交換する程の仲でもなかった。
向こうが勝手に言い寄ってきただけであって‥
俺は‥
俺は‥
俺は‥傷ついた前川に何ができる?
「明‥悪るけど、ちょっと頼まれてくれないか?俺、今から拓海と用事があるんだわ」
「え‥なに‥?」
「前川の見舞いに行ってやってくれないか‥!これは、七代目頭としての命令だ。」
そう言った将五の口端が上がり、何かを企んでいるかのように思えた。
でも素直になれない俺にとっては、それは都合のいい命令だった。
「お、おうっ‥!任せとけ!!」
将五は「これでなにか見舞いの品を買え」と金をよこした。
金を受け取り、
「仕方ねーな‥じゃ、いってくる!」と将五に伝え、安生市へとバイクを走らせた。
*******
将五から聞いた前川が入院しているという病院に到着した。
途中でコンビニにより、お見舞いの品として渡すつもりでプリンとジュースを買った。
(もちろん、将五の金だけど)
あ、あいつプリン好きかなー
「甘いもの苦手だけど、アキラちゃんが買ってきてくれたプリンなら食べるー!」とか言いそう‥と病室に向かいながら、不謹慎にも一人で妄想しながら可笑しくなって思わずニヤニヤしてしまった。
俺、自惚れすぎかな。
なんて、考えてたら前川の病室の前に着いた。
一人部屋かよ‥!!
コンコン‥!とノックをする。
「はい?誰ー?洋次ー?」
ドクンドクン‥
あれ?
俺‥緊張してる‥?
ホラ、勇気を出してドアを開けろ!!
「誰ー?」
再び、前川の声。
ああ‥久しぶりに聞いたな。前川の声。
ドアの前で立ち尽くしていると、
ガラッ‥
ドアが開いた。
「あっ‥前‥川‥。」
目の前には、左手が包帯でグルグル巻きになっている前川が目を真ん丸くして立っていた。
「えっ‥!えっ‥?ア‥キラ‥ちゃん‥?」
「おっ‥おう‥!しょ‥将五から聞いて‥その‥将五に頼まれて‥えと‥」
久しぶりの前川を目の前にして顔が真っ赤になる。
意識しすぎだろ、俺!
「夢みたいだ‥アキラちゃんがお見舞いに来てくれるなんて‥」
恥ずかしくて顔を真っ赤にして、俯く俺の手を取り部屋の中へ引き寄せてドアをバタリと閉めた。
「アキラちゃん?本当にアキラちゃんなんだよね?そっくりさんじゃないよね?」
と、俺の肩を揺らして無邪気な笑顔を作った。
ぷっ‥
いつもの前川だ。
「あぁ、俺だよ。」
「どうしてここが?」
「将五から聞いて‥見舞いを頼まれてな!」
いつもの口調に併せて会話をする。
心地好い。
「そかー。武装の奴らにも心配かけたなぁ‥入院する程でもないんだけどね‥さすがに左手が動かせないのはキツイからさ。」
「痛むのか‥?」
「ちょっとね‥あ、でもアキラちゃんが"ちゅう"してくれたら治るかも♪」
「‥‥っ、調子に乗るんじゃねーよ!あほ!」
意外と元気そうでよかった。
変わらない前川の笑顔、軽い口調。
ー俺への想い。
「あ、そうだ‥これ将五から差し入れ。選んだのは俺だけど‥あ、プリン食うか?」
「アキラちゃんが選んだプリン‥!?食べる!食べるー!!」
予想通りの反応。
やっぱこいつ‥なんか一緒にいて飽きないわ。
「んー‥左手‥使えないんだよなぁ‥あー誰か食べさせてくれないかなぁ‥」
口先を尖んがらせて、ガタイのいい色男が俺を横目でチラッと見ながら甘くせがむ。
「右手があるだろっ‥」と俺が言うと、前川はいやいやと首を横に振ってぐずりだした。
「っ‥たく、仕方ねーな!!」
プリンの蓋をめくり、小さなスプーンでプリンをすくい上げて前川の口元へ運ぶ。
「ほら、口あけろよ‥」
「あーん♪」
パクっと美味そうにプリンを頬張る。
ガタイのいい男がプリン一つでこんなに喜ぶとは‥何故かは解らなかったが、胸が熱くてほっこりした温かい気持ちに包まれた。
それからプリンが底をつくまで、小さなスプーンで前川に食べさせた。
まるで親鳥から餌を貰うヒナ鳥だな‥なんて思いながら、最後のひとすくい。
「それでプリン、最後でしょ?最後はアキラちゃんが食べなよ。」
「えっ‥いや、いいよ。」
「俺、お腹いっぱいだし♪」
「じゃあ‥」
最後の一口を食べた瞬間、ハッとした。
やられたっ‥!
「んふっ♪はい!アキラちゃん、俺と間接キス〜!!大成功!」
「てめぇっ‥」
ううっ‥またもや赤面。
恥ずかしくて前川の顔がまともにみれねーよ!
「アキラちゃん、アキラちゃん、口元にプリンの残りがついてるよ?」
「あぁ?」
自らの手で口元を触ろうとした瞬間、
その手は前川の右手によって抑えつけられ、
俺の口元についていたであろうプリンの残骸を、前川はすかさずペロッと舌ですくって飲み込み、満足げな表情を浮かべた。
「ん、アキラちゃんの唇‥甘い!ごちそうさま!」
「‥‥‥‥テメェっ!」
顔から火が出そうなくらい、熱いー
ペロッて‥!!
俺の唇をペロッて‥!
ファーストキスもまだなのになんだよそれ‥!!
怒りなのか恥ずかしさなのか嬉しさなのか、よく解らない感情を抱いたまま、俺は前川のことをかなり意識してしまっていた。
「‥責任とれよ」
「ん?」
「前川‥お前‥責任とれよ‥俺、俺‥キスした事ねぇんだよ‥!今のはなんなんだよっ‥テメェ!怪我人だからっていい気になるなよ‥!」
思わず大声で叫んでしまった。
あーもうダメだ、終わった。
もう俺の中の感情がぐちゃぐちゃ。
目頭が熱くなってきていた。
見舞いにこなけりゃよかった‥。
チラリと前川を見ると、いつになく真面目な顔をした前川が、
「アキラちゃん、責任‥取ってもいいの‥?俺、本気にするよ?」
「お‥おう‥男に二言はねぇ‥!」
「じゃあ‥アキラちゃん、こっちにきて座って。」
立ち尽くしていた俺を前川は、自分の隣りに座らせる。
前川の大きな右手が俺の頬を包み、
静かに目を閉じてお互いの顔が近づくー
ふっと唇が重なった。
最初は触れるだけのキス。
一度離れ、ひと呼吸おいてから再び前川は熱いキスを俺の唇に送りこむ。
俺の唇を包みこむようにはむっと甘く噛んでみたり、ちゅっと音を立ててみたり、口内に舌を這わせてみたり。
俺は、
頭が真っ白になった。
あまりの気持ちよさに。
唇が離れ、
穏やかな表情の前川がニッと笑い、口を開いた。
「どう?これで責任はとれたかな?」
もう返す言葉がなかった‥。
だって、
気持ちよかったし。
頭が真っ白になったし。
前川のキスで己自身が硬くなってしまったし。
もう俺は‥
お前に、
溺れてしまったのかもしれない。
「アキラちゃん‥大丈夫?」
俺の顔の前で手をヒラヒラとふる。
我に帰った俺は、
すでに決意が固まっていた。
「前川‥俺、かなり短気だし、口も悪りーし、お前に突っ掛かってばかりだけど‥俺なんかでよければ‥。俺でよければ‥その‥えと‥。」
「あはは!アキラちゃん自分のこと、よく解ってんじゃん♪」
「っ‥!!」
「俺は、アキラちゃんがいいの‥!!」
「ふっ‥負けたよ前川。テメェ‥一生、責任取れよ。」
俺がそう言うと、
今までにない笑顔の前川が無邪気に喜んで、再び俺にキスの嵐をお見舞いしてくれた。
やれやれ‥
お見舞いにきたのは、俺なんだけどな。(苦笑)
End.