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□声を聴かせて
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『声を聴かせて』




鈴蘭を卒業してから半年、
あいつとは自然消滅のように終わった。

どちらからともなく、
別れの言葉もなく、
俺は単身で上京した。

卒業してからはメール等の連絡もなく所詮、俺と九里虎は恋人同士でもなんでもなかった…という事だ。

あんなに激しく抱き合い、
キスをして、
愛してるなんて言葉を吐いていたのに、

ハナから期待なんてしてはいなかった…そう思うこと、それだけが俺の救いだった。


ただ…
離れて気付いた、
何故こんなにも淋しいのか、
何故こんなにも虚しいのか、

何故こんなにも…

好きになってしまったのか。


幸い、
上京仕立ての頃は仕事が忙しく、九里虎の事を想う暇もなかった。

しかし、
半年も経てば仕事にも慣れて余裕が出てきて…今日、仕事で大きなミスをした。



オーナーや上司に注意され、珍しく落ち込みながら帰宅の途に着いた。



「あいつの…声が聞きてえな…」



そんな事、
思ったこともなかったのに。

こんな時に限って、出てくるのは俺の隣りにいたあいつの顔。



"クロサー…愛しとうよ…"



「嘘つきが、」

アパートに帰宅し、
ソファーに腰を下ろして煙草に火をつけながら携帯を開いた。



九里虎のアドレスを開いて、
電話をしようか…なんて柄にもなく思っていた。


「やべえな…、」


暫く考えあぐねて、気がつけば俺は通話ボタンを押していた。



「……でるわけ、ねえか」


6コールめで、九里虎の懐かしい声が耳に響いた。


「……クロサー?」

「あっ、…おう。久しぶりだな……」

「おお!クロサー!元気だったかぁあ…!」

「あ…ああ…まあな…お前は?」

「わしは、もう留年は懲り懲りたいね。真面目に学校にいっとるばい。」

「はは…!だな、」


そういえば俺は社会に出て、仕事をしているわけで…九里虎はまだ学生だったんだな…と今更ながら現実を理解した。

それから30分ほど他愛のない話をして、暫くの沈黙…。



「九里虎……、電話突然悪かったな…じゃあ切るわ」

「クロサー…、」

「ん?」

「本当は…淋しゅうなって電話してきたと…?」

「あ、あほっ…!ただ俺は…お前がどうしてるかと思って…、」


見透かされてる……、

こんなにも離れてるのに。


本当は淋しかった。

会いたかった。

声をただ…聞きたかった。



「し、仕事で…ミスをして、気づいたら…お前に電話…してた…」

「……クロサー、」

「なんだよ…、」




「愛しとーよ…、」

「………!!」


そんな言葉が聞きたかったんじゃない…

ただ、

お前の声が聞きたかった。

そんな嘘…、
もう沢山だ…沢山なのに。




安心する。



「バーカ、嘘つきヤローが」

「嘘じゃなか…!ワシは必ず卒業して東京へクロサーを迎えに行くけんね…!!」

「はいはい、」

「その為に休まんと毎日真面目に学校行ってるけんね…!お陰で連絡も出来なかったばい!」

「ぷっ、ははははは…!」



ああ…そうだったのか。

そらならもっと早く、
電話すればよかった。



今なら「愛してる」の言葉も信じられる気がする。


end

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