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□青春刹那〜前編
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『青春刹那〜前半』



どんなに愛し合っていても、
ほんの一瞬で切れてしまうこともある。



「アキラちゃん!アキラちゃん!アーキラちゃん♪」

「うるせぇな…!ったく、ついてくんな!!」

「アーキラちゃん!ご飯食べに行こうよ〜♪」


いつもの光景、
いつもの前川…

ああ本当、うぜえな…と思いながらも俺は前川と付き合っていた。

その一途な想いに負けたと言うか、ここで折れなければ一生つきまとわれそうだな…とさえ思いながら……多分、今では俺もあいつを好きなんだ…。


前を歩く俺を前川が後ろから追いかけてきて、横断歩道に差し掛かったその時…、

突然、大型トラックが右折し目の前に現れた。




「アキラちゃん、危ないッ…!!!」




************






そこからの記憶は覚えていない。

気が付くと、病院のベッドの上で将五や拓海や国吉が心配そうに周りを囲んでいた。


「………?あれ、」

「明…!気がついたのか!!」

「しょう…ご…?あれ、俺…?」

「トラックにひかれそうになったんだよ…、打撲だけで済んでよかった…」

「たくみ…、」

「宗春がお前をかばってなかったら、危なかったな…奈良、」

「国吉…ま…前川…?前川は?」


一瞬、
沈黙の後で別室へと連れて行かれる。

そこには点滴を打って、頭に痛々しい包帯を巻いている姿の前川が眠っていた。


「脳しんとうを起こしてるらしいんだが、まだ目を開けなくてな…」

「…俺をかばって…」

「体は頑丈だから、軽い全身打撲だけで済んだし…後は目を覚ましてくれれば近々、退院できるようだ…」

「前川…、前川…、」

「明…」

ベッドに寄り添って、名前を呼ぶ。



俺が呼んでるんだぞ?起きろよ…前川…。



「明…お前も怪我してんだ、今日はもうベッドに戻れ」

「……俺のせいで…、」

あの時、素直に前川と肩を並べて歩いていたら。
もっと素直になれてたら…


翌朝、
退院許可が出た俺は真っ先に前川の病室へと向かった。

今もなお、眠ったままの前川。


「おう、前川…来てやったぜ…なあ…起きろよ…前川…」


微かに指がピクリと動いた、
俺は前川の手を取ってギュッと握りしめた。



「…ちゃん、」

「アキラ…ちゃ…ん…、」




掠れた声で僅かに口を開く前川、目は閉じられたままだが確かに言葉を発した。


「おう、前川…俺だ…!」


そっと顔を近付け、唇にキスを落とした。




「前川…起きてくれよ…」


次の瞬間、

前川はうっすらと目を覚ました。


「ま、前川…!気がついたのか…!!」

「………、ここは?」

「病院だ…!待ってろ、今、看護師呼んでくる…」

看護師を呼びに行こうとした所にタイミングよく、将五達がやってきた。


「お!明、お前…大丈夫なのか?」

「んなことより、前川が目を覚ましたんだよ…!」

「前川…!!」

「あれ、将五…洋次も?どうしたの、みんな…」

「このアホッ…心配かけやがって…」

「洋次…、うるさい。将五、お腹すいたからなんか買ってきてよ」

「あはは…すっかりいいみたいだなあ…」

「拓海、俺…なんで病院にいんの?」

「お前、明をかばって車に跳ねられたんだよ」


前川は突然、うつ向いて何かを思い出すように考えこんだ。


「あきら…?」

「あ、ああ…ほら、明、こっちに来いよ…!」

拓海に腕を掴まれて、ベッドの横に引き寄せられる。

まだ意識がハッキリしないのか、ぼんやりとした前川の顔。


「前川…悪かった…俺をかばって…こんな目に、」



「………あんた、誰?」







************



なんの冗談かと思った。

いつもの前川の冗談なんだと思った。

案の定、
将五も国吉も「冗談は顔だけにしろ」とつっこんだのに…

前川は、
初めて俺を見るような顔で睨みをきかせて「あんたなんか知らない」とだけ言った。




そんな前川に殴りかかろうとした国吉を拓海と将五が押さえつけ、騒ぎをきいた看護師と医者が飛んできた。


俺はただ、
その場に茫然と立ち尽くした…


なにも考えられなかった。


ただ、頭の中が真っ白で。




「記憶の一部が抜けています。何らかのショックで戻るかもしれませんが…もしかしたら一生、このままかもしれません」

医者は言った。

生活には差し支えはないので、退院もした。

俺だけがいない前川の記憶。
他の仲間にはいつも通りの前川。
あんなに隣りにいたくせに、今はまるで他人。

将五が何を言おうが、
国吉が何を言おうが、

前川は、

「こんなに女に不自由しない俺がなんで男と付き合わなきゃならないんだよ…気持ち悪い」

と、言い放った。

俺は「ははっ、だよな」無理して前川にそう言って、笑ってみせた。



これでいいんだ…これで、

よく考えりゃあ、
あいつしつこかったし、
人目構わずベタベタしてきたし、
やだっつても何度も何度も抱いてきたし……、

アキラちゃんって…勝手に呼ぶし……、



前川の体を気遣って、武装と毒蛾は頻繁に集まるようになっていた。

しかし、
前川は俺の知る前川ではなくなってしまった。

もしかしたら、あれが本来の姿なのかもしれない…と思い込むほかなかった。


前川は、毎日違う女を連れて歩いては度々、集会に遅れてきた。

「じゃあねー、宗春!」

「ああ、また連絡するから」



「おいおい、昨日の女と違うじゃねーかよ…宗春!」

「なんだツネ?一人、まわしてやろうか?」

「いらねーよ!お前とキョーダイなんて真っ平だわ…!」

国吉や将五は俺を気遣い、いつも側にいてくれた。



「明、大丈夫か…?」

「おう…怪我ならすっかり…、」

「そうじゃなくて…前川のこと…、」

「ははっ、仕方ねーだろ…」



正直、毎日が苦しくて仕方なかった。
あんなに愛された日々、
愛し合った日々、
それがほんのわずかなきっかけでなくなる現実。

集会でも目もあわせてくれず、俺はただの武装の一員。


「洋次、悪いけど帰る…!」

「なっ、宗春!」

「女が待ってるんだよ…!じゃあなー!!」

「あのッ…くそが!!」

国吉の怒りも最もだ。
俺と前川の仲を間近で見てきたのだから。

怒りたくても怒る気すらしねえ…。
泣きたくても涙も出ねえ…

生きてるのか
死んでるのか

宙にふわりと浮いたままの感情しか俺にはなかった。


ただ仲間には心配をかけたくなくて、一生懸命に笑ってみせた。
正直、しんどかった。




俺はその夜、
初めて前川と出会った場所へ行った。



ここで初めてあいつに蹴られたっけなあ…。

初対面から馴れ馴れしいやつ…って思ったんだよな。





アキラちゃん、
アキラちゃん、

何度も俺を呼ぶ優しいあいつの声。

もう聞くことも…ない…。

触れることも、
抱かれることも、
愛を囁かれることもない…



煙草に火をつけて、
天に向かって煙りを静かに吐いた。



「…誰?」

暗闇から人の声が聞こえる。
近付く足音。


「…武装の…えっと…明、だっけ?」

「前川…!」

ふいに前川が現れ、心臓が思わず跳ねる。

「前川…なんで…ここに…」

「ああ、女んちの近くでさ。ここ…一人でよく来るんだ、」

「ああ、女んちの…帰りか、」

「まあな…、」

静寂に包まれた工場だらけのこの街。


「明…は、どうしてここに?」

「………ちょっとした思い出巡りってとこかな。」

「戸亜留市のお前がこの場所に思い出が…?」

「ああ、」


お前と初めて会った場所。

お前はやっぱり何も覚えていないんだな…


「なんで…」

「ん?」

「なんで…そんなに…悲しそうに笑うんだ…明…」


何も言えなかった。

思い出してくれ、と…駆け寄り叫びたかった。

何で、
どうして俺だけがお前の記憶の中にいないのか…と詰め寄りたかった。

アキラちゃん…と、
呼んでほしいと初めて思った。


「あのさ…洋次や将五から聞いたんだけどさ…、俺とお前…付き合ってたんだろ…?」

「………ああ、」

「その………悪いな…思い出せなくて…、だからそんな顔…してんだろ?」

「…もういいって、」


吸っていた煙草をあの時と同じ水の張ったバケツに放り込んで、俺は静かに背を向けた。


前川はそのバケツをただ見つめて、立ち尽くしていた。


「じゃあな、前川…」

もう二度と戻らない日々を

多分、ここには来ることはない…




「バケツ…煙草…、」




何だか一人になりたくねーな…、なんて柄にもなく思って携帯を取り出して将五に電話をしようとした瞬間。







「アッ…、アキラちゃん……ッ!!」


振り返ると、さっきの場所に立ち尽くした前川の姿。

今、

なんて…言った……?




「……待って…、」


ゆっくりと俺に近付き歩み寄る。
優しく微笑みながら…
それは俺がよく知るお前の笑顔。



「思い出したよ…アキラちゃん…、」

「前川……、」


これは夢なのか、現実なのか。

目の前にいるのは…紛れもなくいつもの前川だ。


…ようやく、

思い出してくれたんだな。




「…抱き締めていい?」

「……!!、か、勝手にしろ…」

「ん…勝手にする。ごめん…アキラちゃん…ごめん…」

「ああ…最低だな…お前、」


思わずおかしくて笑いが止まらなくて、なんだか嬉しくて…
前川の腕の中に包まれながらクスクス笑った。

前川は俺を抱き締めながら、ただ「ごめん」をひたすら繰り返し、調子に乗って以前のように額や耳、頬にキスを落とした。


「ばか…くすぐってえよ…」

「沢山、アキラちゃんを傷つけたよね…ごめん…、ごめん…」


そして、
目が合えば、
自然に近付くのは……



***********


翌日、
武装と毒蛾の皆に前川の記憶が戻った事を伝えた。

国吉は「一発殴らせろ」と言い、前川は素直に応じた。

前川は記憶のない間に遊びまくっていた女達と二度と会わないと言い、その場で携帯を折った。


「前川…、次また明を傷つけたら…今度こそ許さねえからな…」

「将五…、」

「明…なにか言いたい事は?」

「別になんもねえよ、」

「アキラちゃん…そりゃないよ…!前川、大好き!とかさ…なんかないわけ…!?」

「……ああ、あった。お前のお陰ですっげえ傷ついたわ、」

「う…、」


久しぶりにスクラップ置き場に笑いが起こって、平穏なごく普通の変わらない日常が訪れた。

仕方がねえから、
今日からは肩を並べてお前の隣りを歩こうと思う。


「アキラちゃん…、手繋いでいい?」

「ダメ」

「…まだ怒ってる?」

「怒ってねえよ…」


アキラちゃんって呼ばれる度に嬉しくてたまんねえ気持ちになるのは…なぜだろう。


人気のない道に入った所で、俺から前川の手を取りギュッと握った。




「もう離すんじゃねーぞ」




後編につづく。

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