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□会いたくて
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『会いたくて』
軍司さんが卒業してから、
今までは肩を並べて歩いた帰り道も一人。
学校に行っても美術室の扉を開けたって、誰もいなくて。
当たり前の日常が当たり前じゃなくなったと実感したらなんだか淋しくて、無償に軍司さんに会いたくなった。
軍司さんは、家業の岩城左官を継ぐ為に一生懸命に働いていると母から聞いた。
そう、
俺は社会人として頑張る軍司さんの迷惑になりたくなくて、卒業してから軍司さんとは会わないようにしていた。
一応、付き合っていることには変わりないのだから電話やメールは毎日していた。
ただ、
よほど疲れているのか電話の途中で寝てしまったり。
メールしても返信がこなかったりする日もあった。
軍司さんに会いたい。
もう一ヶ月も…会っていない。
こんなに近くに住んでいるのに。
軍司さん、まだ起きているかな…
時計の針は22時を指していた。
携帯を取りだし、愛しい軍司さんに電話をかける。
声だけでも…
「もしもし?」
「あっ、軍司さ…!えと…俺です!!もしかして寝てました?」
「…あー、うとうとしてたわ」
「軍司さん…あの…」
「ん?どうした?十希夫?」
「あの…あ、会いたい…です…」
一瞬の沈黙、
「………今から来るか?」
「えっ?でも…もう寝るんじゃ…」
「少しならいいよ」
その言葉に甘えて駆け足ダッシュで家を飛び出した。
目と鼻の先の軍司さんの家の前には、既に軍司さんが外で煙草を吹かして待っていてくれた。
「っ…はぁっ…はあっ…ぐんじさんっ…」
「ははっ、どんだけ急いで走ってきたんだよー!」
息も絶え絶えに呼吸をする俺をみて軍司さんは、優しく笑った。
「ま、上がれよ」
「はい…夜分にすみません」
軍司さんの部屋に上がり、
ベッドに腰を下ろす。
一ヶ月ぶりに見る軍司さんは、だいぶ疲れた顔をしていて少し痩せたようだった。
「軍司さん…痩せました?」
「ああ、仕事がきつくてな…十希夫悪いな。なかなか会えなくなっちまって…」
「いえ、いいんです!仕事に慣れるまでは大変だろうし…」
ああ…大好きな軍司さんが隣りにいる。
今、こうして触れられるだけの至近距離に。
「親父のしごきが容赦なくてな…もう毎日、しんどいんだわ」
「…大変ですね」
軍司さんの表情が一瞬、
険しくなった。
あれ?
俺、言っちゃいけないこと…言っちゃった?
「軍司さん…?」
不安になり、
軍司さんの頬に触れ、
唇をよせた。
「十希夫、やめろ」
「えっ…、」
「今、したら…歯止めが効かなくなる…俺はもう少し…せめて親父に認められるまでは、お前とはその……」
「軍司さん…でも、俺、一ヶ月も我慢して…!」
「わかってる!俺だって、お前に会いたかったし、毎日でも抱きてえよ!でも、ダメなんだ!わかるだろっ…!!」
「なんで…?軍司さん…俺、こんなに軍司さんのこと…好きなのに…」
涙が溢れて止まらなかった。
そして、
俺の我が儘も。
軍司さんの顔をみたら我慢していた事が爆発してしまった。
「帰れ…」
「えっ…軍司さん…」
「お前みたいに学校行って毎日、遊んでる学生とは違うんだよ…!!」
ショックだった。
それ以上、
なにも言えなかった。
軍司さんの部屋を飛び出して自宅に戻り、朝まで泣いた。
*****************
あの日から、
俺は学校を一週間休んだ。
軍司さんからは、
何度も着信があったけど…それを無視して電源を切った。
毎日、
ベッドの上で灰人のように暮らした。
ロクにご飯も食べず、
水分も摂らず、
窓から見える景色だけを眺めて過ごしていた。
社会人と学生の差。
軍司さんの場合、
跡継ぎという責任感を背負っているから余計に…頑張らなければならないのだろう。
解っている。
解っているけど…
"コンコン"
ドアをノックする音。
「十希夫?軍司くんが来てるわよー!」
「…えっ」
「さ、軍司くん入って!入って!」
「待っ…、母さんっ…!!」
ガチャリ、
ドアが開いて軍司さんが部屋に入ってきた。
「よお」
「軍司さ…ん、」
「じゃ、私はちょっと買い物に行ってくるから。軍司くん、ゆっくりしていってね!」
「はい」
「待っ…母さんっ…」
無情にもドアは閉まり、
軍司さんと二人きり。
床に腰を下ろして、真っ直ぐ俺を見据えた。
「十希夫…お前、学校行ってないんだってな…」
「軍司さんには…関係ないことですから…」
「ろくに飯も食ってないそうだな…」
「軍司さんには関係ありません…」
「黒澤から連絡をもらってな」
「クロサー?」
「お前が一週間、学校を休んでるから何かあったのかって…」
「………。」
嫌だな…この空気。
早く終わらないかな…
好きなのに、
こんなにも大好きなのに、
一緒にいると苦しい。
「十希夫…ごめん」
「軍司さん…!!」
バッと土下座をして、地に頭をつける軍司さんの姿が目の前にあった。
「お前を傷つけてしまった…本当に反省してる…すまなかった…」
「軍司さん…」
あの岩城軍司が土下座をするなんて。
きっとゼットンさんや、秀吉さんが見たら驚くだろう…
「何度も電話かけたんだが…」
「あ、電源切ったまま…すみません…」
「十希夫、俺にはお前しかいないんだ…許してくれ…」
「…わかりました、もう顔をあげてください。」
顔をあげた軍司さんの顔はどうしようもなく、情けない顔で…。
俺はそんな愛しい人の情けない顔にキスを落とした。
「十希夫…っ?」
「はい、軍司さん…仲直りですよ」
少し微笑むと安心したかのように軍司さんは、俺の顔を両手で包み込んだ。
「十希夫…」
「はい」
「愛してる…」
「はい…」
その言葉をどんなに待ち望んでいたか。
俺の涙がそれを物語った。
「十希夫…すっげえしてえ…」
「いいんですか?一人前になるまで、俺は待ちますよ?」
「嫌みか?」
「いえ、単なる意地悪です♪」
「こいつ〜!!」
そのままベッドに押し倒されて、
一ヶ月と一週間ぶりに俺達は愛し合った。
絆も愛も深く、強く、繋がった。
終わらないで。
このまま貴方と溶け合いたい。
社会人と学生の差だって
乗り越えてみせますから。
end