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□十希夫まっしぐら!
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『十希夫、まっしぐら!』


卒業後、軍司さんの家が営む左官屋に就職させてもらうことになった。


ある朝、
岩城家に行くと軍司さんと、社長である軍司さんのお父さんが口喧嘩をしていた。


「頼むよ、軍司…会うだけでいいんだ!」

「無理!無理!無理だから!絶対、無理…っ!」

「どうしても…って、お得意さんの頼みなんだよ!!会うだけでいいんだ!頼む…!」

「やだ!嫌だって言ってんだろ…クソおやじが!」

「なんだ…!!親に向かってその口の聞き方は…!」



何が原因でケンカをしているのかは解らないけれど、タイミング悪かったかなぁ…と、おそるおそる、その室内に入って行く。


「お、おはようございます…」


ケンカ中の軍司さん親子は全く俺に気がつかず、口喧嘩続行。

…と、その時に軍司さんの母親がやってきた。


「十希夫ちゃん、おはよう♪あらあら、まだやってるねー…あの二人。」

「おはようございます、あの…軍司さんと社長…どうしたんですか?」

「お見合いよ、お見合い!」

「えっ…お見合い…って…軍司さんが…ですか?」

「そうなの、お得意さんの娘さんが誰でもいいから紹介してほしいって言ってね…」


まさかの展開だった。
お得意さんともなれば、断ると今後の仕事にだって支障をきたす。
断れる訳がないじゃないか…、
第一、断る理由なんてない。
まさか俺と軍司さんの関係をバラす訳にもいかない。


やだな…軍司さん、
お見合いなんかしないで下さい。

俺が本音を吐けば、軍司さんは頑なにお見合いを拒否するだろう…。



「ほらほら、あんた達もういい加減にやめなさいよ!」

軍司さんの母親が二人に割って入ると、ようやく口喧嘩は修まった。

ようやく俺の存在に気付いた軍司さん、

「と、十希夫…!」

「おはようございます…軍司さん…」

視線を合わせる事が出来なくて、思わず顔を背けた。

「十希夫、もしかして…今の話聞いてたのか…?」

「あ……俺、書類まとめなきゃならないんで」

クルリと軍司さんに背中を向けて、いつものように事務仕事を始めた。


「十希夫、俺…見合いなんかしねえ「おーい!軍司、現場に行くぞ!!」

「あっ…ああ…今行く!」

言葉半分で社長に呼ばれ、軍司さんは俺の顔色を心配そうに伺いながらしぶしぶ現場へと向かった。

俺は、軍司さんと一度も視線を合わせることなくパソコンをたたいていた。


サイテー…

嫌な奴だな…俺。


軍司さん、一生懸命言い訳して俺を安心させようとしてたのに…

どんな顔して軍司さんにあったらいいんだろう…

俺のはただの醜いヤキモチ…
やっぱりお見合い…するのかな…。

もし、
見合い相手がしてすっげえ美人で、
すっげえ巨乳だったら…

軍司さん…飛び付くんだろうな。

結局、その日は仕事にならず…一日が終わった。

軍司さんと社長である軍司さんのお父さんが現場から戻ってきた。


「十希夫…!」

「あっ…軍司さん、お疲れ様です。お先に失礼します…」

「待てよ…!」

「なんですか…」

俺の腕を掴んだ手から、
軍司さんの体温が伝わる。

軍司さん…

嫌です…

お見合いなんか…しないで下さい。

気付くと俺は、ポロポロと涙を流していた。


「十希夫…俺の部屋で待ってろ、すぐに行くから」

「…今日は…帰ります…」

「そんな顔をしたお前を帰す訳にはいかねー」


今の俺は、まだ見ぬお見合い相手に酷く嫉妬してる嫌な奴なんですよ?軍司さん…

「十希夫…」

「…解りました、部屋で待ってます。」

ぽんっと頭を撫でられ、ようやく今日初めての軍司さんの笑顔が見れた。

愛されてる、と感じた瞬間だった。


部屋で待っていたら、風呂上がりの軍司さんが食事を持って入ってきた。

「晩ごはん持ってきたぞ、食っていけよ」

「あっ…ごはんなら、いつも通り皆さんと一緒に下で食べましょう。」

「…あのクソおやじと食いたくねーんだよ」

「軍司さん…」


正直、食欲なんてなかった。
昼ごはんですら実は食べていなかった。
軍司さんのお見合いのことで頭がいっぱいで食事なんて、喉を通るものじゃなかった。

「ん…?十希夫…食欲ないのか?」

「…はい、あっ…でも折角なんで、いただきます。」

無理矢理、食事を流し込み半分を食べた所で箸をおいた。


「軍司さん、すみません…残しちゃいました…」

「ははっ!いいんだよ、俺が食ってやるから」

そう言って、軍司さんは俺が残した食事を全て食べてくれた。


「さて、本題だ…!十希夫、俺が好きなのはお前だけだ。」

「…はい」

「じゃあ、なんでさっき泣いた?なんで今朝、目もあわせてくれなかった?」

「……軍司さんが…お見合いするって聞いて…嫌な気持ちになって…勝手にお見合い相手に嫉妬して、嫌な奴になってました…」

また溢れる涙。
情けない…軍司さんの事になると、俺はこんなにも弱い人間になってしまうのか。


「俺…お見合いなんか、しねえから…」

「えっ…でも大事なお得意さんじゃあ…」

「関係ねーよ」

そう言って、軍司さんは俺を引き寄せ肩を抱いた。

「こんなにも可愛い恋人がいるのに、見合いもクソもあるか!」

「軍司さん…」

「十希夫、俺を信じてくれよ…」

その声にはいつも以上に重みがあって、真剣な軍司さんの誠意と想いが俺の中にスルリと入っていった。


「はい…軍司さん。信じてます…」

「お?ようやく素直になったな!それでこそ、俺の十希夫だ…!!」

「あのっ…」

「ん?」

「…俺、もう1つ素直に言います。」

「なんだ?」

「…エッ…エッチしませんか?」

「ぶっ…!!!!」

「あっ…嫌だったらいいんです!昨日もシタばっかりだし…」

「嫌なもんかぁあ…!十希夫ぉおお〜!!」



その夜、

結局、そのまま朝方まで俺は軍司さんと愛し合い…俺は朝帰りをして風呂に入り、とんぼ返りですぐに出勤した。

お見合いは全力で断ると言っていた軍司さん。
今朝は社長とどうなってるかな…


「おはようございます…」

「おっ、十希夫ちゃん…おはよう!」

軍司さんの父親である社長が、ご機嫌な様子で事務所にいた。

俺はおそるおそる、軍司さんのお見合い話を聞き出した。

「あの…軍司さんのお見合い…どうなりました?」

「ああ、軍司がな…ハッキリ言ってくれたんだよ。"俺には好きな人がいるから見合いは出来ない"ってな!アイツ、好きな人がいるならいるって言ってくれれば、もっと早くに断ってのによ…はっはっはっ!!」

「そう…ですか」

「あっ、そうだ…十希夫ちゃん
、よかったらお見合いしてみないかい?」

「えっ…!!」

「ははっ!なんてな!十希夫ちゃんはモテそうだから無理か…はっはっはっ!」

「こら、オヤジ…十希夫を巻き込むな…」

「軍司さんっ…おはようございます。」

「おはよう、十希夫」

いつもと変わらない優しい笑顔。
俺を愛しいと見つめる視線、


貴方が大好きです。


「おーい、軍司行くぞ!」

「ああ、今行くよ」



「軍司さん、いってらっしゃい!」

「……おうっ」

スルリと軍司さんの手が伸びて、俺の頬を包むと唇に軽くチュッと触れるだけのキスをした。

「続きは帰ってきてから、な?」

「はい…」

こうして岩城家のお見合い騒動は幕を閉じた…のだが、
後日、軍司さんの好きな人は誰なんだ、としつこく社長に聞かれたとか。

軍司さんは言った。

"必ず、十希夫を嫁に貰う…!"

その日を待ちわびて、
今日もまた一日頑張るか。

なんだか今日は、夜がとても待ち遠しい。


end

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