芸大バンド《L'Ange》

□五章
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 そこに朔夜が戻ってきた。
「なんだよ、新しいケーキでも出てたか?」
「ふざけている場合かね」おどける静臣からスプーンを奪って朔夜は続ける。「メグが倒れたそうだよ。敦から電話があった」
「恵がっ?」
 盆を返却口に突っ込み、静臣たちは医務室に走った。
「落ち着けオミ、開くを押してどうする」
 エレベーターにかけ乗った静臣は、閉めるボタンを連打していたつもりが、逆に開けていたらしい。
「おお来よった」扉が開いてすぐ、待っていた敦が医務室に案内する。「そんな青ざめんと、大丈夫やで」
 が、そんな言葉は静臣の耳には入ってこない。
「恵!」
「だから落ち着け」
 クマに口を手でふさがれて暴れていると、白衣の男性が出てきた。
「天野恵くんの友人かい?」そうして男はほがらかに笑う。「心配しなくていいよ。ただの――」
「今、何とおっしゃいました?」
 静臣も朔夜と同じに、聞き返したい心境だった。それくらい今更すぎる宣告だった。
「だから、声変わりだと思うよ。あと成長痛で発熱もしてるようだけど、病気とかではないから安心しなさい」
「……赤飯」最初に立ち直ったのはクマで、真顔で手を叩いた。「赤飯を買いにいこう」
「武人さん、ほんま受けるわ」敦が腹を抱えた。「赤飯って、娘の生理記念日かいな」
「まあめでたくはあるし、赤飯とは言わないがお祝いでもするかね」
 静臣は三人の頭を叩いて、恵のもとに向かった。嫌な予感がしていた。食欲がないというよりは、食べないようにしていた恵。夜も起こしたのではなく、最初から起きていたのではないだろうか。それはつまり、成長するのを恐れていた?
「恵、入るぞ」
「来ないでください」かすれた低い声は、恵のものとは思えなかった。「僕、ヴォーカルやめます。ごめんなさい!」
 ついで医務室には、おおおおおという男たちの悲壮が響き渡った。
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