芸大バンド《L'Ange》

□四章
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 ――何はともあれ、二日後。
 五人はスタジオに入って録音をした。短時間しか借りられなかったので、一曲三十分でベストまで形にし、最低提出曲数の二曲を録り終えた。
 仲は悪いが数日音を合わせて、静臣も朔夜の腕は信頼している。メール応募は朔夜に一任し、静臣たちは結果をただ待った。
「やっぱダメだったんや」クマの家に集合して、予選通過の連絡を待っているのだが、来ない。「つーか朔夜ん、ちゃんと出したんやろな?」
「ぼくを疑うのかね」
「そーやないけど。オレらが落ちるとか考えられへんやんか」
「ずばっと言うなー敦」静臣は笑って、でもと足を組む。「そうだよな、かなり粒ぞろいのバンドになってると思うぜ」
 クマは元プロで言うまでもないし、敦はダンサーをやっていることもあってリズム感が鋭い。朔夜はキーボードで今までになかったアレンジをしてくるし、何より恵のヴォーカルは向かうところ敵無しと言うほどに良い声だ。静臣もルックスで落ちたが、腕は高校生の時点で買われていた。
「それは確かなのだよ」朔夜も頷き、持参したパソコンの画面を見せてくる。「動画をアップしておいたのだがね、予想以上の再生数だ」
「ぬかりないな」
 クマの言うとおり、静臣も動画を上げていたことは知らず、朔夜を認めないわけにはいかなかった。そこにピローンと電子音がする。
「メール来たんか?」
 パソコンにつなげて充電していた朔夜のケータイが、着信ランプを点滅させていた。
「いやメールではあるが、審査結果ではないのだよ。それはパソコンのアドレスに届くことになっている」
「まぎらわしーんだよ」静臣は毒づいて、返信を打つ朔夜の指の速さに頬をひきつらせる。「女子高生か、お前」
「今は情報化社会なのだよ。これくらい普通というものだ」
「せやったら今はスマホやろ」
「あれは性に合わないのだね。このキーを押す感覚がいいのだろう?」
 ピローン。かちかちかち。ピローン。朔夜の相手もレスが早い。
「うっせー。こんなときによくメールなんてしてられんなあ」
「彼女か?」
 クマがケータイをのぞこうと身を乗り出す。
「男なのだよ」
「なんや朔夜ん、やっぱそっち系かいな」
 敦が目で恵を示す。
「やっぱりとは侵害だね。メグへの思いはそんな俗物なものではないのだよ」
「私も同感だ。ミューズはそういう対象ではない」
「んなっ、武人さんまで何言ーとんねん」
 つっこむ元気も怒らず、静臣は話題の主に近寄る。窓の外を見つめる恵は、いきなり振り返った。
「きました」
「まじか」てっきり結果通知のことだと思い、静臣も朔夜のほうを見たが、首を振られる。「はあ、恵ー」
「そうじゃなくて、メモ下さい」
「メモ?」
「早く持ってこいよ!」
 恵の豹変に硬直する静臣にかわり、楽器店で一度経験している敦が対応した。
「はいさー、メモでっせ」そのまま恵の手元がよく見える背後を確保する。「おお、おおお」
「邪魔、うるさい」
 恵は肘鉄をくらわし、すぐに執筆を再開した。本当に別人だ。何かが憑いたように。
 芸大にいると、こういう降臨した状態の奴を見る機会もあるが、恵のように頻繁にトランスするのは珍しい。これが天才というものなのだろうか。
「コーヒーでも飲んでいよう」
 クマが湯気のたつカップを用意する。静臣たちはじりじりと、恵の手が止まるのを待った。
 半分ほど飲んだところで、恵が息を吐く。クマがコーヒーカップを手渡し、メモを受け取った。湯気が出なくなったコーヒーだが、恵は猫舌なので時間が経ったくらいがちょうどいいのだ。
 クマが読んでいる間に、静臣はギターを用意する。交代で静臣が読み、指の骨をならした。頭の中に音が溢れてくる。
 今度は敦が読み、むはーっと叫んで、作曲を始めた静臣とクマの横でノリノリに踊った。朔夜はコーヒーを最後まで飲んで、恵のメモ書きをテキスト文書に打ち直す。
 暇になった恵は、かまってと言いたげに部屋を歩き回ったが、静臣たちは今トランスに入っている。曲が出来ないことにはアレンジしようがない朔夜が、恵の相手をした。二人でパソコンを見つめる光景に、静臣の紡ぐ音が少しトゲを持つ。
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