芸大バンド《L'Ange》

□二章
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「きました!」
 ゆるやかなBGMで踊れなくなった敦が、いつの間にか恵のそばを陣取っている。
「おぶっ、いきなり喋るなや。びっくりするわあ」
「メモ下さい」
「は?」
「メモっつてんだろ、早くしろ」
「な、なんやねん、もー」
 敦がおろおろとレジ台に向かうのを見送り、静臣は恵に近づいた。クマも演奏をやめてついてくる。
「どうかしたのか?」
 今、恵にはあるまじき乱暴な口調が聞こえたのだが、気のせいだよな。だが恵はぶつぶつ呟くばかりで視線もさ迷っている。顔の前で手を振ってみたが無反応だ。
「うわ店長、いつから戻ってきてん?」遠くで敦の焦った声がした。「いだっ。打たんといてください。聞いてたなら分かるやろ、我慢できんかってん。あー離してえな」
 メモ用紙が静臣めがけて飛んできて、クマが危ういところでキャッチする。敦をぶらさげて近づいてきたのは、強面の中年男性だった。エプロンに店長という名札がついている。
「ここはライブハウスか?」
 敦が勢いよく首を振った。空気を読んで静臣もギターを元の場所に置き、すみませんと頭を下げる。クマも同様だ。問題は、恵。
「おい、書いてないで謝れ」
 恵はクマが受け止めたメモ用紙をもらい、一心不乱にペンを滑らせる。
「オミ、出るぞ」店長の眉間の皺が増えるのを見て取って、クマが急いで恵を抱え上げた。「失礼しました」
「あ、待て。すみませんでしたー」
 静臣も出口を目指したが、そこでようやく自分たちが注目されていたことに気が付いた。何かのイベントとでも思われていたらしい。店長が怒るのも当然だった。
「つーか、こいつは何してんだ」クマに荷物よろしく運ばれていた恵は、歩道に下ろされてもなおメモ用紙をにらみつけている。「ん、詩か?」
 のぞきこんでみると、短文が走り書きされていた。
「待ってーな、武人さん」静臣が詳しく読もうとしていたところに、敦がエプロンを脱ぎながらやってきた。「サインお願いしてもええやろか」
「てかあんた仕事は」
「クビになってもーてん。けど武人さんに会えたんや、ここで働いててよかったわ」
「そこまで言われたら書かないわけにいかないな」クマは苦笑して手を出した。「で、書くものは」
「そうやった! あー」用意してなかったらしい敦は、恵の使っているメモ帳をかすめとる。「ここにお願いしま……ん? なんやこれ」
 用紙を見つめたまましばらく沈黙していた敦は、むはーっと叫んでクマにそれを渡した。
「ちょっと返して下さい。まだ途中で」
 恵は頭に手を当てて、難しい顔をしている。
「これはすごいな」読んだクマも目を見開く。「やはりミューズだ。恵、最高だよ」
「だからまだ途中で。あ、オミ先輩まで」
 静臣はクマからぶんどって、ようやく恵の走り書きを読むことが出来た。詩だ。歌詞と言ってもいい。
「やばい」その証拠に、静臣の中に音があふれてきた。「恵、声だけじゃなく文才もあるのか、お前。そういやライティング専攻って言ってたもんな」
 うんうんと頷いて、もう一度読み直して。静臣はエアギターをかき鳴らした。
「もしかして武人さんたち、芸大生やったりするん? オレも学生やねん。ダンスきわめてるんや」同じ大学に通っていることがわかり、敦が興奮して提案する。「なあバンドとかせえへん? ツインギターええやん。オレ、ドラムできんでー」
 静臣はクマを見た。クマもこちらを見ていて、無言で頷きあう。恵を賭けてギターテクを競っていたのだが、こういう決着もいいかもしれない。
「いい加減」そこに、キレた恵が体当たりしてきた。「返せって言ってんだろーが」
「恵っ? どうした、その口調」
「なんなん、二重人格か、こいつ」
「ミューズだ。可愛いではないか」
「うるさい。黙ってろよ」
「恵ーっ!」
 また一心不乱に恵がペンを走らせる。その頭を撫でるクマはでれでれ笑っているし、横から盗み見ている敦は鼻息が荒い。こんなんで芸大バンドは大丈夫なんだろうか。個性派ぞろいもいいところだ。
 なかなか前途多難かもしれないと思った静臣だった。
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