芸大バンド《L'Ange》

□一章
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「ライティングはあっち」だぞ、と指を指したところで、背後にいた少年が消えていることに気づいた。「ったく」
 誘導員として新入生を案内しつつ、少年の姿を探すが、斬新なスーツスタイルでわりと簡単に見つかった。我ながらなかなかの作品に仕上がっている。整列する少年は、周りから羨望の眼差しを集めていた。
「ま、モデルがいいからな」勉強して努力して、やっとそこそこのルックスを手に入れた静臣だけに、苦笑が漏れてしまう。「女装が似合うくらい綺麗な顔だったしな。いいよな、俺もあんな容姿だったら」
『今はビジュアルもよくないと売れないから。ごめんね』
 バンドのオーディションの最終選考で、静臣は落選理由としてそう告げられたのだ。それが高校三年の秋。ずっとギターをしていたから勉強は出来ず、なんとか受かったのがこの芸大だった。
「あいつ楽器、何か出来ねえかな」
 ダメだしされたルックスを、静臣はこの大学で二年かけて改善した。人生初のモテ期がやってきたこともあり、自信を持ってそろそろまたバンドをやるぞ、と思っていたところに、人から愛でられるために生まれてきたような美少年に出会ったのだ。仲間にしたいと思ってしまうのも当然だった。
 そんなことを考えているうちに着席の合図が入り、式が始まる。今年はサプライズがあるとかで、教員がどこか落ち着かない。学長の長い話の後半、舞台に近い位置で控えていた静臣は、サプライズの予想が立ってきていた。
 舞台裏から、若い女性の声が複数聞こえている。A教授が本業で、アイドルのプロデューサーをしていたはずだ。だからたぶん。
「新入生の皆さん」学長が下がると、スピーカーから明るい声が響いた。「入学おめでとうございます」
 声に続いてわらわらと出てくるのは、今をときめくアイドルグループ。予想的中だ。
 新入生が歓声を上げる。目を閉じればライブ会場にいるかのような騒ぎだが、スーツを着た学生が黄色い声の主というのが異様だ。一人、また一人と立ち上がっては座れと野次が飛ぶので、静臣も含め先輩学生が声を出し合って座るように指示した。
 落ち着いてきたところで、彼女たちは校歌をアレンジしたものを歌い、踊りだす。
 正直、本気で音楽で食っていく将来を夢見ていた静臣には、彼女たちは腹立たしい以外の何物でもなかった。歌が上手いわけではない。踊りだってよくて並のレベル。それでも売れて、アイドルとして生きている。
「マイク落とすなよな」
 衣装によく留めれていなかったのか、小型マイクがステージから飛んでいくのが見えた。ミスをした彼女は赤面でなんとかダンスだけ頑張っている。それを健気だなあ、なんて静臣はもちろん思わなくて。
 歌が終盤に入っていき、さてマイクをどう回収するか見物だなと、薄ら笑いを浮かべた。なんたってプロなのだ。アイドル様だ。お手並み拝見させてもらおうじゃないか。
「は?」しかし、最後のサビを前にして、すっと立ち上がったのはある新入生で。「あいつ何する気だ」
 静臣が世話したあの少年が、ちょこちょこ人の間を抜けてステージに近づいていき、落ちたマイクを拾って、そして。
 席に戻れとか、立つなとか、そんな言葉はとても浴びせられなかった。
 少年は歌った。今日初めて聞いた曲をだ。サビとはいえ二回繰り返しがあっただけ。それでも少年は歌っていた。耳が恐ろしくいいのだろう。
 しかも、言っちゃ悪いが、ステージにいるアイドルなんかより遥かにそれは美声で。
 静臣は頭を殴られたような気持ちだった。実際、放心していた。いつ歌が終わって、式すらもお開きになったのか分からないほどに呆けていた。
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