捨てられ王子と古城の吸血鬼

□捨てられ王子と古城の吸血鬼6
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どうしてもっと柔和に、話し合いで決着をつけられなかったのか。
無理やり攫うような真似をして連れ帰っても、王子の体に負担を掛けるだけだったのだ。
そう思って、あの時の事を思い出してみても、とても穏やかに話して通じるような相手では無かったと思い直す。
ルーシーの殺気立った瞳、王子があの場に居なければ、ルーシーは躊躇う事なく、あの鋭い爪で自分の首を跳ねていただろう。
そう、何の躊躇いもなく。
それを、王子という歯止めがルーシーを抑えていた。
そのルーシーから王子を取り上げ、あの城から出るだけでも、命懸けだった。
馬車まで辿り着けたのは幸運以外の何ものでも無い。
それこそ、一晩、追っ手が掛からなかった事に不信感を抱いた程だ。
それが、もう一週間、何も無い。
が、レストリアードは、対ルーシー用の厳重な警戒態勢は解いてはいなかった。
油断は大敵だ。
あれ程の執着を見せていた男が、何もせず、黙って手を退くとは思えなかった。
どんな作戦があるのか、ルーシーならいつでも王子を取り返せると余裕を見せているのか。
レストリアードは、王子の絶望とは逆に、時間が経てば経つ程、ルーシーの襲来を強く警戒していた。
気を緩めれば、すかさず隙を突いてくる。
自分の力に自信のある者程、相手の隙が出来るのを待ち、そこを突いてくるものだ。
それが最善で最良の手段なら、尚更。
自分に有利な体勢を整え、万全を期す。
それが強者の考え方だからだ。
レストリアードは気持ちを引き締め、王子の部屋の廻りを護る兵士達に叱咤激励の声を掛けていった。



そうして、王子は厳重な檻の中で、更に一週間を過した。

その頃には、やっと王子の熱も下がり、兄王との謁見もなんとか済ませる事が出来たが、王子の表情は以前より硬く、どこかぼんやりとしている。
王子の覇気のない様子に、侍従達もレストリアード率いる近衛兵隊の面子も心配していたが、王子は誰にも胸の内を語ろうとはしなかった。
儚く、美しいと賞賛された王子の姿が、本当に儚く散ってしまう花のような危うさを帯びている。
なんとか王子に元気を取り戻して欲しくて、侍従達は密かに動き出した。
「こんな時に、モモがいれば・・」
誰ともなく出た名前に、皆が頷いたのだった。










「モモ」
まさか、ここまで来て見つかってしまうとは。
小さな小窓に手を掛けたまま、モモは声のした後ろを振り返り、憎々し気に自分を見下ろす白金の王子の姿に、両手を挙げて白旗を振った。
「懲りねえ奴だな」
モモの両腕には、皮のベルトに鎖の付いた手枷が嵌められている。
その鎖を無造作にオルツガルナが掴み上げ、半ば引き摺るようにモモに部屋へ戻るよう促した。
もう何度目かわからない脱走を試み、モモは身体のあちこちに擦り傷や痣を負っている。
それは、オルツガルナとモモの激しい逃走劇の末に出来た傷跡だ。
王子が王宮へと連れ戻されて、思い詰めたモモは、最後の最後、真昼の太陽の下に飛び出した。が、それを追いかけるオルツガルナの覚悟も半端ではない。
一瞬の躊躇も無くモモの後を追って来るオルツガルナの姿を見てしまったモモは、さすがに見捨てて行く事など出来ず、モモは自分からオルツガルナの胸に飛び込んだ。
全身に酷い火傷を負ったオルツガルナを放って脱走する事が出来る筈も無く、オルツガルナの体が癒るまで、と、帰城を断念したのが、つい3日前のことだ。

モモにとって、二人の王子は、何に代える事の出来ない大事な存在だ。
それは自分の命と引き換えにしてもいいくらい。
だが、それは王子二人を並べて比べるのとは、全く異なっている。
自分の命ならいくらでも差し出せる。
だけど、どちらかを選ぶ、なんて選択肢はモモの中にはなかった。
どちらも、選びたい。
自分にとって、二人の王子はかけがえの無い存在だから。
そうモモが訴え、どんなに懇願しても、オルツガルナはモモの要求を受け入れてはくれない。
たった1日と言えど、王宮に帰る事を許してはくれなかった。

「オルツガルナ様・・お願いです・・!絶対に戻ると誓いますから、私を王子の元に帰して下さいっ」
オルツガルナの膝元へ跪いて懇願するが、オルツガルナはモモの乱れた髪に指を入れて梳くだけ。
「お前は、オレの従者だって命令書、王から貰ったの忘れたのか?」
白金の長い髪が、オルツガルナが動く度、優雅に波を起こす。
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