捨てられ王子と古城の吸血鬼

□捨てられ王子と古城の吸血鬼5
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鈍く光る銀の甲冑を、白マントの中に隠したレストリアードは、玉座より10m程離れた場所で待つよう命令され、片手で合図をして隊列を整えると、その場で膝を折った。
同様に、彼に続く者もその場に跪くと、鳥の羽ばたきのように羽織ったマントが翻る。
全員がその場に跪くと、拝謁に無礼にならないよう兜を脱いだ。
この古城の門扉で待ち続ける事5日、ようやく城の中へ導かれたはいいが、この城がどれ程危険な城か知っている者は、多く無い。

自分の使命は王子の救出、奪還だ。

その願いを、新王に聞き入れて貰うのに2ヶ月も要してしまったが、やっとここまで漕ぎ着けた。
新王は誰に唆されたのか、即位した直後に実弟であるゾルク様を国境へと遠征させ、王宮から退けてしまった。
確かに、もし自分の地位が危ぶまれるとしたら、その敵はまずゾルク様だ。
だが、まだ何も起ってもいないのに、その存在を頭から否定する考えには反対だった。
そもそも、王子には法や国政への思想がない。
こと政治に関しては興味が無いのは王宮では有名な話で、家庭教師達が手を焼く程だった。
その度に皆が『まだいいではないですか』と、それすら可愛らしいと微笑み、王子を庇う事もしばしばで、その甘さも仕方のない事だと言えた。
ゾルク様の地位は第2王子であり、しかもその容姿の可愛らしさは、老若男女、誰もが目にした途端、呆然と見惚れる程だった。
そんな王子が、父王の死に悲しみ泣き咽ぶ事はあっても、どうして兄王の寝首を掻こうなどと画策すると思うだろうか。
杞憂だ。
自分の心の悪しき部分が、彼の耳の裏で囁いたのだろう。
『王は一人でいい。王子は邪魔だ。いつか正体を現すぞ』
その声が、いつしか本物の声になると、新王は神託を下されたように決心し、ゾルク様を王宮から遠ざけてしまったーーー。



あの麗しき天使のようなお方が王宮に居ないというだけで、どれだけ王宮の人間の顔が雲ってしまったか。
王子がいるだけで花のように彩り溢れ、活気があった王宮の空気は澱み、長雨の時よりもジメジメと湿っている。
勿論、それは例に漏れず自分もだ。
誰のどんな慰めの言葉も胸には響かない。
名誉ある役職も、王子の前でなければ意味がない。
召使い達は毎日溜め息混じりに、心より仕える相手も見つからず、張りの無い毎日を過していた。
それ程に変わってしまった王宮だというのに、新王は耳に蓋をしたまま振り返りもしない。
だが、それがある日を境に、新王は今まで誰の訴えにも耳を貸さなかった、この古城に興味を持ち始めたのだ。
急展開を見せた王宮の内情は、この際どうでもいい。
自分の使命は、新王の気持ちの変わらない内に、ゾルク様を王宮へ連れ戻し、そして、今後どんな理不尽が起きようとも、今度こそ、この身を盾に王子を護り抜く。
そう決意し、レストリアード率いる第一近衛兵隊内でも精鋭中の精鋭達はこの古城へと駆けたのだった。



空の玉座を前に、思考を巡らせていると、遠くから複数の足音が聞こえてくる。
玉座の後方から近づく足音に、室内の空気も男達の体にも緊張が走る。
瞬きも出来ずに目の前の視界に目を凝らしていると、先頭を従者に任せたゾルク王子の姿が見えた。
思わず兵達は敵の城内というのも忘れ、祈り捧げる乙女のように頭を垂れて王子を迎える。
その中でも、レストリアードだけは王子から一瞬も目も離さず、王子が玉座に座るところまで静かに見守り続けた。
遠目でも、王子の顔色が悪くないことにホッとした。服の上からでしか想像出来ないが、以前より痩せてもいないし、どこか身体を悪くしている様子もない。
その事にまず安堵し、そして、王子の姿をこの目にする事が出来た事に、身を震わす程の喜びを感じ、レストリアードは床についた拳を血の気が失せる程握りしめる。


王子・・ゾルク王子様・・!よくぞ、ご無事で・・!


どれだけ自分が王子の供に付いて行きたかったか・・!
貴方の無事を祈るしかなかった日々が、どれ程苦痛だったか・・!
何度、馬を跳ばして貴方の元へ駆けてしまおうかと迷った事か・・!


だが、まだ喜ぶのは早い。
そう男は覚悟し、ゴクリと喉を鳴らすと王子の横に立つ男を見た。
肩まで伸ばした黒髪に、顔の半分が長い前髪で隠れているが、男の顔が端正な作りである事は遠目にもわかった。


これが、ーーー人の生き血を吸うバンパイア・・!


その美貌が元々なのか、人の生き血を啜って生きてきた所以かはわからない。
だが、吸血鬼を目にした者達は必ず、彼らを世にも恐ろしい程の美貌の持ち主だと語るのだ。
それが、どうにも解せない。
それは罠のように、人を魅了するために作られた美ではないのか?
それとも、奴らは人間に美しいと勘違いさせる媚薬でも振りまいているのだろうか?


「名を名乗れ」
ルーシーに促され、レストリアードは口を開いた。
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