捨てられ王子と古城の吸血鬼

□捨てられ王子と古城の吸血鬼5
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そんなこんなで。
「5日・・?」
「そうですね。もう5日になります」
オレの身体を濡れタオルで綺麗に拭いながら、ルーシーはシレっと答えた。
王宮からの正式な使者が訪れ、頑として帰らない様子にルーシーは渋々その事をオレに教えた。
彼らがこの城へ到着して既に5日経っているというのだ。
「これ以上隠していても見つかるのも時間の問題ですしね・・。軍人というのは本当に恐ろしいです。命令を受けた瞬間からその命を果たすまで、一切の妥協を許さない。かと言って、私も貴方を彼らに引き渡すつもりは更々ありません。丁重にお断りして、帰して頂きたい。王子からそう伝えて下さい」
少し不機嫌そうに視線を落としたルーシーに、笑いが込み上げて来る。
「王子・・」
「だって、ルーシーがそんな怒ってるとこ見た事無い。しかも・・その理由が・・」
自分の力で使者を追い返せず、ゾルクにその役をやらせようとしている自分に、余程腹が立つのだろう。
だけどルーシーには、もうそれしか他に方法が見当たらない。
ルーシーは苦渋の選択を余儀なくされ、この事をゾルクに伝えたが、ゾルクが使者の訪問に喜ぶのではないかと危惧していたのだ。
正式な使者と聞いて、ゾルクが喜ばない筈がない。
蝶よ花よと、宝物のように大事に育てられてきた身だ。それが、突然王宮から閉め出されて、こんな国の辺境へ送られた天使のように麗しい王子。
その王子を一度追い出しておきながら、再び迎えに来ようとは図々しいにも程がある。
一度手放したなら、二度と元には戻せない覚悟をするべきだ。
ルーシーはそう憤り、使者を一蹴、何を言っても取り合わず放置した。
が、それでも使者達は全く帰る様子が無い。
それどころか、日に日に人数が増えていく。
初めは5人程の使者が次の日には8人、その次の日には10人、その3日後には20人になっていた。
さすがのルーシーも無視を続ける訳にいかない。
門を打ち破り、その人数で城の中に攻め込まれたら、ひとたまりもない。
オルツガルナが手助けしてくれれば話は別だが、20人の兵隊を相手に王子を守るのは至難の業ーーー。
日毎増え続ける使者を前に、これ以上はこちらの不利、と、肚を括った。
それでも、何と言って王子に、この事を伝えるべきか言葉を選びに選び、悩んだ挙げ句、ルーシーは王子の身体に蜜を注ぎながら唆す・・という情けない行動に出た訳だが、そんな自分の行動のお粗末さへの怒りが、言葉の端々に現れ、それを麗しき王子に笑われてしまった。
だが、王子をこの腕の中に留まらせるためなら意地もプライドもない。
「王子・・いいですね?私は貴方の契約者。貴方が私の元を去ろうとするなら、契約は反故になり、私は貴方の首に噛み付きます」
王子が座る椅子の前に立ち、肘掛けに置かれた腕を、肘掛けごと掴み、上から視線を合わせる。
自分を見上げる王子の美しい銀の瞳が瑞々しく光った。
こんな脅しめいた言葉しか吐けない自分が情けない。
だけど、どうしても離したくない。
長く一人で居過ぎたせいだろうか、もうこの温もりなしに生きていける自信が無い。
もし、王子が去ったら?
この城で?たった一人で?
また、誰もいないベッドで寝ることが出来るのだろうか?
この人無しに自分はどう生きていけるだろうか?
見つめ合っていた銀の瞳がゆっくりと閉じ、王子の顔が横を向いた。
それはまるで自分を拒絶したようにルーシーの目に映り、愕然とした。
「王子・・」
「なら、いっそ、噛み付いてしまえばいいのに・・っ」
噛み殺すような王子の声に、ルーシーは王子の頬を優しく手で包み、ゆっくりと自分の方を向かせる。
「なんで、オレに選ばせる・・!?オレは、帰るとこなんか無いっここに居るしか無い。そうだろ?もう帰れないなら、もう、人間だろうが、吸血鬼だろうが関係ない。誰にも渡したくないなら、オレの血を飲めばいい!」
その瞳は大きく揺れて、今にも涙を零しそうに睫毛を濡らしていた。
「飲んでくれ・・もう、惑わされたくない・・っ」
そう言って、自分の腕に縋り付いてきた王子の身体をルーシーは受け止めた。
「飲めよ・・飲んで・・ルーシー・・っ」
すべて、諦めさせてくれーーー
そう泣かれて、ルーシーは胸に深く王子を抱き締めた。
城の中へと入城を許された一行が通されたのは謁見の間だった。
広ささえ違えど、その部屋の作りの美しさは王宮そのもの。
が、一団の先頭に立つ使者には、その理由はわかっていた。
この城が、その昔、王宮と呼ばれ、この場所がかつての国の中心部であったことを。
それは、今や人々に忘れ去られ、王族にしか語り継がれないおとぎ話のような秘密の話。



古びた城の狭い通路の石畳の上、足を踏みならす度に鋼鉄の甲冑がガシャ、ガシャと金属音を響かせる。
手甲から脛当てまで、見た目通りの重厚な装備は、一般的な成人した男が身につけて歩くのも難しい程の重さがある。が、彼らは王宮を護るべく鍛え上げられた希代の精鋭軍。総重量50kgを超える甲冑を着ていても、その動きの早さや力強さは一般兵とは比較にならない。
その強靭な兵力を保つため、軍は毎年近衛兵の質を落とさないための試験を行っている。血筋だけではない。それこそたゆまぬ努力と精進の上に成り立つ本物の兵士だけを選りすぐるのだ。

過酷な試練を乗り越えてやっと王宮近衛兵として仕える事が出来る彼らは、その地位を保持するための努力を怠らない。まして、下から追いつけ追い越せと突き上げられれば尚更だ。王族に仕える事の出来る類希な職務を彼らは誇りにし、そして、何より、この天使の様に美しく可愛らしい王子の傍に居る事の出来る権利を手放そうとは誰一人思わない。

自が主に決めた唯一人を愛し貫き。
例えその心が自分と通い合う事がなくとも・・、
命を賭して全身全霊で護り抜き、
満身創痍、傷だらけで、手も足も千切れ、
それでも護り抜いた彼の方に最期を看取られる事だけを夢に見る。
それが、どれ程の幸せだろうか。

それこそ、ーーー騎士道という生き方かも知れない。
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