捨てられ王子と古城の吸血鬼

□捨てられ王子と古城の吸血鬼
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王子の一行が森の中を抜けてくるのを、城の一番高い塔から見つめている者がいた。
「やっかいなのが来たな」
そう呟いたのは、この古城の主のルーシーだ。
「この国の王子様らしいですよ」
その小間使いのアラン。
「王子!そんな上物じゃなくていいのに・・!」
「ルーシー様、今度はただのお客様じゃありませんからね」
「わかってるさ」
そう静かに答えたが、興奮は隠せなかった。

王子・・。
この国の王子が、この城へやって来る。

長い長いブランクがあったものの、この城は王宮とは深い関係にある。
この城の存在意義。
それこそが、ルーシーが自分の生きてきた意味を見い出せるもの。


私が、守ってやらなければ・・・。


そう決心し、ルーシーはジッと見つめていた窓から離れると、あと半日もしないでやって来るだろう、王子達一行の出迎えの準備をするため、アランと二人、螺旋状の階段を下りる。

まず、全ての窓をしっかりと閉め、外から閂を入れる。
暗闇を作らないように燭台を増やし、夜中でも昼のように城の中を明るく灯す。
出来るだけテーブルや棚の上に、甘く香る花や果物を飾り、匂いに気をつけた。

そして、極上のワイン。

血のように赤いワインがあれば、きっとなんとかなる。
城主ルーシーは、極上のワインをグラスに注ぎ、王子が来るのを、居ても立っても居られずに、一口飲み込んだ。
舌に纏わり付く濃厚な葡萄の果汁が、口の中に強烈な存在感を主張してくる。
年代物の葡萄酒は、淡い甘みと少しの酸味が喉越しに良く、いつまでも舌の上でその味を楽しんでいたいのに、ついつい喉を滑らせてしまう。
思わずそのまま、一杯飲み干してしまい、空になったグラスに溜め息が出そうになった。

「ダメだ・・」

そう言って、両手を額に当てる。
肩まで伸ばした美しい黒髪に、透き通る銀の目。
端正な顔立ちに、気品溢れる佇まいは、仕立ての良い服を着れば、更に彼の美しさを際立たせ、至って高潔であるのに、彼の表情が少し曇るだけで、どこか危うい雰囲気が色香となって彼の体から滲み出る。
それらがルーシーを、さも刹那的で貴族らしい貴族に見せた。

「参ったな。まだ門の外に居るってのに、ここまで匂いが届いて来てる。アラン、オレに耐えられるだろうか」

「ルーシー様!頑張って下さいよ!ここはルーシー様が王子様を守って差し上げなくてはならないんですから」
エンジ色の蝶ネクタイに黒のマント姿、見た目には10歳程のアランがルーシーの腕にしがみついた。
「しかし、アラン。この匂いは毒だ・・。今にも、私が玄関の扉を破って、王子に襲い掛かってしまいそうな程、魅力的な匂いがする・・」
そう苦しそうな顔をするルーシーに、アランは少しぶかぶかのブーツで、バタバタと走り、ワインを取って戻ってくると、彼の傍に置いてあったグラスにそれを並々と注ぎ足した。
「もう飲むしかないですよ!じゃんじゃん飲んで嗅覚効かなくして下さい」
「だが、王子の前だぞ・・?いいのか?酔った城主がお出迎えなんて、近衛兵に首をスパッと切り落とされたりしないか?」
「されたら、すぐ拾ってあげますよ」
「そうか。悪いな、頼んだぞ」

アランが力強く頷き「はい」と返事をした瞬間、ゴン、ゴン、と扉のノッカーを打つ重い音が城内に響いた。
すぐに老齢の執事が扉の鍵を開け、恭しく一行へ礼をして出迎える。
扉が大きく左右に開くと、王子とその従者、警備の近衛兵が両サイドを固めて入って来るのを、ルーシーはロビーに繋がる大階段を降りながら見ていた。

聞くまでも無い。彼らの真ん中で、天使のように美しく愛らしい顔で、凛と立っているのが、麗しきこの国の王子、ゾルク様だ。
階段を降りる際に乱れた長い前髪を指で掬って耳に掛け、ルーシーは王子を真っすぐに見つめた。
一同の前で、ルーシーは一礼し、自分より背の低い王子を見下ろしては不敬と思い、膝を折ると、王子の前に跪いた。

「遠路はるばる、ようこそゾルク王子様。私はこの城の城主ルーシー。さぞ、お疲れでしょう。お腹は空いていませんか。もし良ろしければこちらで何かご用意致しますが」

「いい」

短く王子が自ら答えると、隣の従者が慌てて口を開いた。

「夜分に失礼致します。私はゾルク王子が主人、従者モモ。皆、慣れぬ長旅で疲れております。とりあえず、休める場所へ案内頂けると助かります」

王子の態度に少し慌てたようだったが、静かに微笑み会釈するモモに、ルーシーは心の中で、王子とそう歳も変わらなそうなのに出来た少年だ、と感心した。
きっと幼少の頃からの王子の取り巻きに違いない。
その関係は、きっと血より濃い筈だ。


「わかりました。すぐにお部屋へご案内致しましょう。どうぞこちらへ。アラン」
ルーシーはアランや執事にも指示を出し、各人をそれぞれの部屋へと案内させた。
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