splash!

□splash! 第2話 
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「で?」
「逝きたくない人間を集めて、土手を守ってるそうです」
「可哀想に。もう死んでんのに、ずっと縛られてんのか」
「多分、それが自分が死んでしまった事への家族への償いになると信じてるんでしょう」
「どこまでお人好しなんだ!日本人ってのは!」
憂火は堤防の上から草だらけの坂を大股でドカドカと降り、川岸へと近づいて行く。
小さな子どもからそれこそ立っているのも辛そうな老人までが水際へ1列に整列し、その列を為していた。
よく見れば全員の手には細い糸が握られている。
この糸のようなものが、『縛り』だ。
これが太ければ太い程、神の力の大きさが分かる。
こんな糸かそれよりも細いモノで、何百人もの人をこの地に縛り付ける事が出来ている事に憂火は驚いた。
二人が糸を辿って行くと、途中で糸が途切れた。
糸の出発点は行列のど真ん中だった。
憂火と暮はその姿を暫し見つめていた。
『神』は小さな男の子の姿で、両手を広げ隣の人間と手を繋いでいた。
どこかのチームの野球帽を被り、白いタンクトップ、学校の体操着のような青い半ズボンに裸足に履いた紐の無い靴。
目の前に立った憂火はその男の子をただ見つめていたが、先に声を出したのは『神』の方だった。
「あっち行け」
小さな男の子の声だった。
一拍置いて憂火が答える。
「ヤダね。お前が行けよ」
憂火は微動だにしない神を見つめながらスーツの内側へ手を入れた。
「お前、誰だ?」
「オレか?オレは憂火。死神だ」
そう言った憂火の手には刃渡り30cmのいびつな形をしたサバイバルナイフのようなモノが握られていた。
握りには指を通す輪がついていて、憂火は親指をその輪に通し、クルクルとナイフを回転させて見せた。
途端に『神』の姿が男の子から溶けて小さく縮んでいく。
両手をだらしなく伸ばし、人間に捕らえられたエイリアンのような蛙の姿がそこにあった。
「切ってくれ。もういいんだ。切ってくれ」
「きっと、飼い主の姿を借りていたんでしょう」
暮が黒い革の手袋を嵌め、背中から出したドスを抜いた。
「どうして、こんなに人が集まった?」
「土を盛ってたんだ」
憂火が聞くと、蛙が二人に見てくれと、足下の小山に顔を向けた。
そこには小さな土の山が出来ていた。
「川に水が溢れて、町に流れてしまうから、土を盛っていたんだ・・」
そこへ一人二人と足の無い人間がやって来た。
みんなで守ろうと、手を繋いだ。
だが力及ばず、川は再び氾濫を起こし町を襲った。
死してなお皆、悔しさや怒り、憤りに涙を流していた。
どんなに川が荒れても濁流が押し寄せても、必死に手を繋いでここへ立っていた。
降っても晴れても、暑くても寒くても、人を町を家族を、守りたい一心に。
それが10年20年経つにつれ、人垣はいつの間にか大行列になっていた。
しかし、人間もバカでは無い。
自分達の町を守るために高く丈夫な堤防を作った。
『神』となってしまった蛙は目の前に出来た堤防に安堵した。
これでもう心配しなくていい。
もう誰も死ななくていい。
だが、何十年も繋いでいた手が人間の手から離れなくなってしまった。
蛙が何を言っても、腕を振っても、誰一人動こうとしなかった。
それが自分のせいなのか、業のせいなのかわからない。
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