splash!

□splash!
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新聞やニュースになる事故だったにも関わらず、リュウトは軽い打撲とかすり傷だけで済み、ちょっとした奇跡を呼んでいた。
「本当に、なんて運が良かったのかしら・・」
額に少しの切り傷に絆創膏。
ベッドに横になった息子の頭を撫でながら、母親は涙を浮かべていた。
事故は、坂道を降りて来た自転車が脇道から飛び出して来た車のフロントに衝突、体を15mも飛ばされたが運良くガードレールに引っかかり歩道に着地、また一緒に跳ねられた自転車はガードレールの上を超えて坂道を落ち、上り線の線路上を転がり壁に激突、大破した。
九死に一生を得る奇跡の生還だったが、喜ぶより、大破した自転車の形を聞き、自分自身がそれに重なって、ゾっとした。
「いきなしだったから・・ブレーキしてもチャリが止まんなくって・・オレぶっ飛んだんだけど・・なんか気がついたら病院で・・でも、マジで体浮いた瞬間は、『あ、終わったな』って思ったもんネ」
「ネ、じゃないっ」
撫でていた頭を母親が叩く。
「本当に、病院から連絡が来た時は心臓が止まりそうだったわよ!あなたのお子さんが車に跳ねられて、意識不明ですって!それで事故の説明聞いたら、こんな軽傷で済むなんて奇跡ですって言われて・・・それでもこっちは、あんたの目が覚めるまで胸が潰れる想いだったわよっ」
母親は目頭を押えながら、布団の上に出ていたリュウトの手を握った。
「でも生きてて、本当に良かったわ・・。神様に感謝しなきゃ」
それから、母親は入院に必要な物を一旦取りに帰ると病室を後にした。
「神様か・・」
リュウトは夢を思い出していた。
目が覚めるまで、リュウトは夢の中で、水の中にいた。
フワフワとした浮遊感。
水中で、自分は男に抱きかかえられている。
彼は透き通る水色の瞳に、美しく整った顔立ちを覆うような少し長めの黒髪。
まるでゲームの世界の中にいる美形キャラクターのような青年が、自分を抱き締め、自分の額に唇を押当ててきたのだ。
思わず、自分の額を触ってみる。
が、そこには大きめのガーゼが貼付けられているだけ。
リュウトは自分の命が助かったという興奮より、その夢の出来事のリアルさに関心があった。
まるで現実であるかのような存在感。
それもハッキリとその輪郭すら触れる程に自分の脳に記憶されていた。


あんた、誰なの・・?
なんて優しい顔してんの・・?


その水色の瞳を思い出すだけで、リュウトの心は震えていた。
目を閉じて、自分の鼓動に更に興奮が増す。


やばい・・オレ。


素直に『欲情している』と、自分で感じていた。
もしアレが神様だとしたら。
自分は神様に欲情しているという事になる。
そんなバカな事を考えて、思わず一人笑ってしまった。
神様がこんなにカッコ良かったら、卑怯だよな・・。
あり得ない感情と想像を落ち着かせるために、リュウトは深呼吸を繰り返した。




二日後。
体の変調も見られないので、リュウトは通学を再開した。
が、自転車はお釈迦になってしまったし、両親の反対もあって自転車通学は許されなかった。
仕方無く、バスと徒歩で通うことにした。
学校まではバスで30分、学校の近くのバス亭から徒歩5分掛かる。
自転車で通えれば20分で着く所だが、確かに自分でもすぐに自転車に乗りたい気持ちにはなれなかった。
道が悪いのかバスの運転が悪いのか、大きく揺れながらバスが進む。
こんな激しい揺れでも、座っているとその内に眠くなってくるから不思議だ。
『リュウト』
呼ばれてハっと目を覚ますと、バスがあの事故現場付近を通りすぎようとしていた。
なんとなく坂の下へ視線を動かす、と、ガードレールに『彼』が寄りかかってこっちを見上げていた。
思わず、席を立ち上がると、バスの運転手に『席を離れる際はバスの揺れにご注意下さい』とアナウンスされてしまい、慌てて座り直した。
もう一度振り返るが、車や歩行者で『彼』らしき姿はもう見つけられなかった。
まさか、という想いと、本当に実在する人物かも知れない、という想いがリュウトの中で渦巻く。
自分自身でも、いったいどうしようっていうんだ?という気持ちもあるが、九死に一生を得た自分だからこそ、やりたいことは今やらなければという気持ちもある。
いや、だいたいにおいて、人違いという可能性の方が高い。
それに、おかしい、と思う。
こんな風に、男相手に会いたいなんて思うなんて。
もし、本当に夢に出て来たあの人が実在したとして、会って、それでどうするっていうんだ?
「あなたを夢で見ました」なんて、恥ずかし過ぎる告白をする気か?
そんなつもりなんか無い。
ただ、ただもう一度会えるなら、会ってみたい。
本当に居るなら、話してみたかった。
ただ、それだけなんだ。


そう言い聞かせて、リュウトはその日の夕方、ここでバスを降りてみようと決めた。
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