splash!

□splash!
2ページ/10ページ


春は涼しく、夏は暑く、秋はそこそこ、冬は極寒。
そんなありふれた日本のとある町、八柱(ヤハシラ)町に、百年か二百年か昔、神が降り立った。
日本には、色々な物に神が宿ると言い伝えられている。
その数は、およそ八百万。
しかし、その実、その神々をその目にした者は少ない。
それはなぜか?
それは、神が誰かの形をしてこの世界にいるからだろう。


その町の外れ、車通りの多い坂道の下に、一人の青年がある時を待っていた。
『それ』は彼がここに生まれた理由であり、彼の使命であり、彼自身のアイデンティティでもある。
「まったく、神さまだって、『いつだかわかんねえ』って言うんだから・・呆れるぜ」
そう万人、森羅万象、万能では無いのだ。
だが、『神』はあらかたの流れは知っている。
いつかは起こるだろう『事』はわかってはいるのだ。
それに神がいつ対処するかは、『神の思し召し』と思わざるを得ない。
そして、いつくるかも分からない『時』を待ち続け、『彼』は、今日も自分の真下を走る電車をボーっと眺めていた。
彼が、3分置きに流れるように通り過ぎて行くこの『電車』という鉄の塊を眺めるようになって何十年が過ぎていた。
ちょっとした用があって、何度か乗った事があったが、酷い乗り物だった。
うるさい轟音に激しい揺れ、その上、他人の吐く息を吸わされる程近くに人がいる不快感。
思わず起こった吐き気に、体の穴という穴から水分が全て出てしまいそうになった程だ。

なぜ、ここまでの科学力がありながら、車内の居心地の悪さの改善をしないのか?
人間てのは、あとちょっとってとこまでの懸命さが無い。
やれば出来ることを、なぜか、『ここまで』とストップをかける妙な生き物だ。
本気で求めれば、成せない事はないだろう。
事実、そういう人間を何人も見てきた。
そんな実力、行動力を持った人間には、やはり自分のような何か不思議なものが関わっていた。
そんな風に自分も、役割を持った人間に出会うために、ここで『その時』を待ち続けているのだろう。


そう考えていると、不意に、自分の目の前にサッとレースのカーテンが引かれたように、視界が薄暗くなった。
続いて周囲の音が消え、どこからか時計の秒針のような音が、チッ、チッ、チッ、とゆっくり聞こえてくる。
「来たか」
歪んだ空間を見つめながら、カウントダウンのように鳴り響く音に神経を研ぎすませる。
まるで鼓動のような時の音に静かな高揚さえ沸き上がって来る。
と、一気に視界の暗さと時計の音が消え、電車や車、人の話し声が耳に戻って来る。
「へ?」
一瞬意味がわからず、今のはなんだったんだ?と周りを見渡していると、何かの影が射した。
「ん?」
見上げると、すぐ目の前に自転車が落ちて来る。
「うお!」
避けようと体を引きかけて、思いとどまった。
自転車と一緒に少年が落ちてきていたからだ。
「アララ・・ほら来な」
自分の体の中を自転車が勢い良く通り抜け、残像のように残った体で、一瞬後に落ちて来た少年に両腕を広げて、受け止めた。
背後では金属がひしゃげるような音が数回して、少年のものだろう自転車が、坂の下の線路の上に派手に落ち、なお転がって線路の向こう側の金網に激突し、折れ曲がり崩れかけた車体に未だ繋がった車輪がカラカラと回っていた。
空から降って来た少年を抱きかかえ、自転車の成れの果てを振り返った彼は、ホッとした。

この子がああならなくて良かった・・。

それは、この場所に彼が生まれて百年二百年?ずっと人間を見てきたからこそ涌く自然な感情だった。
少年の服装は学校の制服だろう、肘まで捲った青いワイシャツに赤いネクタイと灰色のズボン。
黒髪はクセっ毛なのか所々が緩くカーブを描いていた。
彼は、ゆっくりと坂の上へ上がり、自転車がぶつかってか変形したガードレールを跨いで少年を歩道に寝かせる。
その脇で少年の頬に触れてから、大きく息を吸うと大声で叫んだ。
「誰か!救急車を呼んでくれ!!」
そして人々が振り返る間際に、『彼』は、霧のようにその場から消えた。

「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」
呼びかけに目を開いた少年の周りには数人、救急隊員が取り囲み、彼のバイタル状態をチェックする。
「大丈夫か!?自分の名前は言えるか?」
「水橋・・龍人(ミズハシ リュウト)・・オレ、なんで・・?水の中・・」
少年はそれだけ言って、また気を失ってしまった。
「運ぶぞ!」
慌ただしくストレッチャーが積み込まれ、救急車がそこから走り出して行く。
救急車がサイレンを響かせて、遠くなるのを『彼』は、坂の下からジッと見送っていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ