戦国BL

□tadasobade
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湯浴みに行くため廊下を歩いて行くと、駐留している寺の本堂に雑魚寝していた侍が大声で話し出した。
「まったく毎晩毎晩、男の喘ぎ声で起こされちゃ堪らねえぜ」
「聞いたか?『もっとして、もっとして』ってガキじゃあるめえし」
「ひがむな、ひがむな!そりゃ、いただいてるモノの格が違うんだ。お前のモノとじゃ比べ物にならんわ」
豪快な揶揄に、ドン引きしつつも相手の顔を凝視してしまった。
どう見ても風呂とは無縁の顔色、離れていても微かに汗臭さとオヤジ臭が匂う。
「おい、何見てる。俺のをそのケツにくれてやろうか?」
「いいねえ!俺のもあるぜ!?」
「朝からよせやい、そんなもん見たかねえぞ」
「見たくなければ、どっか行っちまえ」
やいやいと数人がもめ出す。

バカバカしい・・・。
さっさと風呂へ、と歩き出そうとした時だった。

「おっと、何スカシてんだ?お前は、俺達に付き合うんだよ」
分厚い手が自分の腕を掴んで後ろへ捻り上げた。
「イタっ・・!」

多勢に無勢。
人間諦めが肝心だ。
女じゃないんだ、妊娠する心配も無い。
ただ少し痛い思いをするだけ。

自分に言い聞かせながらも、非力を恨んだ。

「放せ・・・!自分で脱ぐ」

男の顔が斜めに歪んで、腕が自由になる。
着物の裾を捲り上げ男達の前へ、ドッカと座り胡座をかいた。
男達の顔を見回す。
さっきまで、男とやるなんてと、野次ってたくせに、自分の番になったらいい気なもんだ。
ニヤニヤしながら自分の股間を撫でる男達を見て、怒りに歯を食いしばった。
率直に悔しかった。
でも、いい文句も思いつかない。
だけど、ただ何の抵抗もしないなんてのはイヤだった。
だから。
「祇園精舎の鐘の音!
諸行無常の響きあり!」
眼を反らさず大声で叫んだ。
男達が何事かと目を見開く。
息を細く吐き、ジッと目の前の男に視線を据えた。
「沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。おごれる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に・・・風の前の塵に同じ!」

中学の時に暗記した平家物語の冒頭。
初めてこれを聞いた時、鳥肌が立ったのを覚えている。
言葉の切り方、メリハリのある音、そして、何よりこの文章が持つ哀愁や怒りを感じて、言葉のパワーを知った気がした。

帯をほどかないで、着物の袖から腕を出した。
両肩が丸出しになって、男達の顔色が変わった。
なにかに怯えている。
「アンジ動くな」
鋭く冷めた声に、その場の全員が文字通り凍りつく。
ビュっと風を切る音と共に男が一人、真後ろに飛ぶ。
額のほぼ中央に矢がささっている。
倒れた男の手足がびくびくと痙攣し、口から白い泡が溢れ出た。
「と・・殿様・・・」
一同が静まり返り、アキヒサの次の挙動を見守る。
「平家物語か?」
ゆっくり振り返って、アキヒサを見ると、次の矢を弓にかけ、ゆっくりと弓を引いてる途中だった。

「アキヒサ・・ 」
呆然とその姿を見つめていると、勢いよく腕を引かれて廊下を引きずられた 。
「みなの前では、せめて殿か、様くらいつけんか」
アキヒサの側近岡嶋が眉間に皺を寄せてアンジをあの場から引きずり出した。
「だってびっくりして・・」
岡嶋はアンジを一瞥した後、ヨレヨレに引きずられてくずおれている彼を引き起こし、廊下の角を曲がると、肌けた着物の 前を合わせてやってから、溜息をついた。

なんという生き物を拾ってしまったのか・・

岡嶋はアキヒサの勘の良さ、鋭い洞察力には感嘆の思いと共に畏怖、畏敬の念がある、それがアキヒサを血脈だけではないカリスマにしたと思っている。
だが、今回だけはそれが逆に思えてならなかった。
アキヒサは森の中にうずくまっているアンジを見つけると、一目でこれは『違う』と見抜き、身包みを剥ぐと、それを直ちに 京へと送り調べさせた。
もちろん、アキヒサの予想通り勘は当たり、見たこともない縫製、材質、絵柄とそのスジの一流 が太鼓判を押した。
アンジは何者なのか?
考えうるとすれば、『外国人 』なのだが、アンジの言葉は間違いなく 日本のものだし、顔の作りが男か女か区別つきにくい他は、黒目黒髪で特に変わった所などなかった。

ただ唯一、アキヒサがアンジに執心してしまったことが岡嶋には心配だった。

服を剥ぎ、丸裸にしたアンジのその体にアキヒサが自ら羽織を掛け、アンジの顔を見つめていた。
それから、アンジの前に胡座をかき、自分の膝に肘をついてその寝顔を見守る。
漆黒の単(ひとえ)の下からは鮮やかな赤地に金糸の刺繍が覗く。
岡嶋は、アキヒサが、この奇妙な少年を 殺してしまうだろうと思っていた。
『不必要な要素は害にしかならない』
それがアキヒサの持論だった。
なのに、何を思ったのか、アキヒサは人払いをするとアンジを組み伏せ、褥(しとね)を共にしてしまった。
それは隣の部屋にいた自分を含め数人の側近が聞いて知っている。
確かにアキヒサが無理に少年を抱いたと。
始まりがそれで、最後は気絶するまで。
アキヒサが少年の頃より仕えている岡嶋にとって、そんなことは初めてだった。
どんなに美しい姫と逢瀬を重ねても、時間を忘れる程熱中したことなどなかったはずだ。
それこそ、男女の関係に一種冷めたような所があった。
弁えていると言った方がいいだろう。

それが今では、その少年を毎晩のように抱いている。
まるで・・・取り憑かれたようにだ。

岡嶋から見て、ただのひ弱な少年にしか見えないアンジが、アキヒサにとっては何か魅力的に光って見えるのかも知れない。
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