捨てられ王子と古城の吸血鬼

□捨てられ王子と古城の吸血鬼5
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「・・王子。・・王子様」
誰かにそう呼ばれて、懐かしく感じる。
全くおかしな話だ。
だって、オレはこの国の第2王子なんだから、王子と呼ばれるのは当たり前の筈なのに。


「王子、・・ゾルク様、起きて下さい」

溜め息混じりに耳元で囁かれ、オレはゆっくりと瞼を開いた。
すぐ目の前に、切れ長の銀色の瞳。
その瞳は常に控えめながら慈愛に満ち、オレを恭しく見つめてくる。
その情に包まれると、まるで裸のまま真綿に包まれているようで、やさしくて、苦しい。
それは、きっと自分がもう赤子ではないからだろう。
どこか心の均衡を失いそうになって、思わず足が伸びて真綿から飛び出してしまいそうになる。
そんな時に慌てて何か捕まろうと手を伸ばした先に、ルーシーがいた。
全てを任せていいと笑う。
自分が盾になると。
貴方のために、私がいる、と。

だけど、100%、自分の全てを誰かに依存することは、恐怖だ。
今、目の前にいる彼が、いつどうなるかわからない。
明日には居なくなってしまうかも知れない。
消えてしまうかも知れない。
明日にはもうオレの事を気にしていないかも知れない。
どうでもよくなってるかも知れない。
なぜならーーー、兄王のように。
人は変わる。
人の心は変わる。
誰も、ずっとそのままでは居られない。
生きているから、時間も人も気持ちも全て、動くものだから。

「ゾルク、朝ですよ」
甘く名前を呼ばれて、目を覚ました。
きっと寝ている間にも、何度も何度も髪を梳かれていたんだろう。
猫を撫でるように、ルーシーがオレの髪を後ろへと掻き上げる。
名前で呼んでくれ、と頼んだのはいつだったろう。
ルーシーと二人っきりの時は、気持ちがバラバラになる。
王宮に帰りたいと思う時もあるし、絶対に帰りたくないと思う時もある。
それと同じで、王子と呼ばれる事に嫌悪したり、呼んで欲しくなる時もある。
その使い分けは、自分でもわからない。
急に不安になって泣きたくなるのと一緒で、オレはルーシーを困らせる。
だけど、大概ルーシーがオレの名前を口にする時、ルーシーは少し困ったような照れた顔をするから、それを見ると、毛羽立った心が凪いでいく。
自分が彼に躊躇いや困惑を与えていると実感することで、自分には彼に対してまだ影響力があるのだと安心出来るからだ。

まだ、傍にいてくれる。

そんな風にあやふやな毎日を確認して、泣きたくなった。



「まだ朝・・?」
「眠そうですね」
クスリと笑うルーシーに軽くキスをされ、抱き起こされた。
「何かあったのか?いつもなら、昼でも夕方でも起こさないくせに・・」
抱き起こされるまま、ルーシーの肩に顔を埋めると、用意周到、裸の肩にふわりと服を掛けられた。
「王子、私は貴方をここから出す気はありません。もしどうしても必要なら、貴方をこの牙に掛けるでしょう。その時は貴方がどんなに暴れても泣いても許しません。未来永劫、永遠の時を私と共に生きると誓って頂きます。嫌でもね」
話しながら、ルーシーはオレに服を着せていく。
ヒラヒラ、ふわふわ、リボンを締めて、ボタンを留めて、靴下を履かせる。
寝起きにベッドの上に座って向き合ったまま、真っ白なブラウスに下は靴下だけ。
オレの膝を持ち上げて靴下を履かせたルーシーが不意に動きを止める。
白いブラウスの裾の合わせに視線が止り、ルーシーはオレの方足の膝を立たせた。
「こんな格好を王子にさせてるなんて知られたら、私は死刑でしょうか」
そう呟き、ルーシーがオレに手を伸ばす。
肘を掴み、背中を抱いて、自分の太腿の上へ跨がらせた。
「死刑・・?死なないだろ?」
「太陽に焼かれれば・・死にますよ」
言いながら、オレの肩や胸に顔を埋め、くんっと鼻を鳴らす。
ルーシーはいつもオレの匂いを嗅ぐ。
その匂いが堪らないと、オレを裸にして、全身の匂いを嗅がれる。
元々の性癖なのかは、知らない。
けれど、その動物染みた行為に胸を喘がせてしまうのも事実。
掛け値無しの欲望。
それは、心からの欲求だから。





「王子に、従者が来たんです」


唇を甘く噛まれて、目を開けると、ルーシーが心底嫌そうな顔でオレを睨んでいる。
「また?」
「今度は正式な使いです」
「・・で?」
「追い返す訳にも行かず・・というか、追い返そうとしたんですが、近衛兵の隊長らしく、頑として聞き入れず、貴方に会えるまで帰らないと、城門前で座り込みしています」
「近衛兵の隊長・・」
どんな男だったか思い出そうとしたが、ケバケバしい羽付きの帽子と赤と黒の隊服しか思い出せない。
多分、外出する時は必ず自分の護衛に付き、すぐ近くに立っていただろう。
だが、彼がどんな顔か気にした事もなかった。
「もし、王子が『帰る』と言うなら、私は貴方を同族(バンパイア)に堕とす」
眉間に皺を寄せ、苦々しく口走る。

なら、会わせなきゃいいのに。

そう胸の中で呟き、オレは表情を変えずに「わかった」と返事をした。
それでも、納得していない顔で目を眇めるルーシーに、口元が弛んでしまう。
「帰る」
「王子・・っ」
目を見開くルーシーに噴き出して笑うと、ルーシーの膝の上から身体を落とされた。
シーツの上に押し倒され、ルーシーに組み敷かれる。
何も身に付けていいない両足を開かされ、そこへルーシーの腰が密着する。
「ン・・ッあ・・ルーシィ・・ッ」
「本気、ですか?」
強い眼光で見つめられ、身体を重ねられ、見下ろされる。
何度も抱かれて蕩けた繋ぎ目にルーシーの熱がグイと潜り込んで来た。
「ン・・ン・・あ、・・アアッ・・」
「ゾルク・・っここから出ないと約束して・・行かないと・・っ」
腰を掴まれ、深々と穿たれる。


この狂気に、酔っているのは自分の方だ。

激しい欲望をぶつけられる事に、追い求められる事に、快感を覚えた。


ルーシーの首に腕を回す。
「ルーシー・・もっと・・言って・・」
「渡しません。絶対、返さない・・!貴方は私のものです・・っ」

恍惚と陶酔。

このままでいい。
オレは、王位も何も欲しくない。
もう、王子じゃなくていい。
だから、この腕だけは奪わないで・・

「ルーシー・・!ルーシー・・!」
王子はギュッと締め付けられる胸を喘がせ、ルーシーを内奥深く受け入れた。
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