splash!

□会いたくて
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夢を見た。


緑深く、草木生い茂る森の奥にいきなり、白く美しい宮殿が姿を表す。
繊細な模様を施された柱が等間隔に並び、石の手摺は白い衣のように滑らかにカーブを描き、鋭く磨かれた石畳には人の景すら映しそうだ。
そこに居るのは、黒髪でも冴えた水色の瞳でも無い、とても美しい顔をした20代くらいの青年だった。
浅黒い顔に、腰までありそうな金色の髪を一つにまとめ、くっきりと書いたような眉、輪を広げたように睫毛に縁取られた目は翠色をしている。
この世界の全て、何者もの頂点に君臨する彼が、口元を上げ下げするだけで、全てを意のままに操り、あくび一つで全てを無に返した。

彼は石畳の上に立ち、オレに気づくと、軽く手招きをした。
何重にも襟を立て、見た事も無い色鮮やかな着物を着ている。
だけど、着物の裾から見え隠れする足だけは、裸足のまま。
こんな高貴な人物が裸足で歩いている姿に不安を覚え、オレは自分の服の胸の合わせから、綺麗な布を取り出し、それを彼の足下へ差し出した。
彼はクスリと顔を綻ばせ、オレに足を伸ばす。
その足に恐る恐るオレは手で触れて、息が出来なくなる程に緊張していた。
例え足の裏だろうと、彼に触る事すら禁忌だろう行為。
オレは震える手で、彼の足の裏の汚れを布で拭った。
よく見ると、小指の外側が赤く擦れて傷になっている。
思わず、そこへ顔を寄せペロリと舐めてしまってから、ハッと顔を上げた。
許しも無く口付ける事がどれ程の大罪か、知らない訳ではなかった。
「龍神様、どうかお許しを・・!決して御身を汚そうとした訳ではありません。私は」
最後まで言う必要はなかった。
「名は?」
謝罪を遮られて、逆に名を問われ、慌ててオレは答える。
「リュウト」
「リュウト、か。憶えた。お前の事は、忘れないよ」
龍神が笑う。

なんという幸せだろう。
この方の姿を見るだけでも、奇跡というのに、私は触れる事を許され、名前を憶えて貰えた。
いつ、この身に杭を打たれて死んでもいい。
どんなに酷く、八つ裂きにされて死んでも構わない。
私の龍神様。




「リュウト」
肩を揺すられて、目を開けると、車は都心にあるタワーマンションの駐車場に着いていた。
「着いた・・?」
「ああ、いつの間にか寝てたんだな」
ついさっきまで起きてた筈だったのに、気がつくと目を閉じていた。
なんだか、すごく懐かしい夢を見ていたような気がするけれど、どんな夢だったのか思い出せなかった。
ただ名残惜しいような感覚だけが胸に燻っていたけれど、それを断ち切るように車から降りる。
憂火の住む巨大なタワーマンションは、一階に大きめのコンビニとクリーニング店が軒を連ね、マンションのエントランスにはホテルの受付のように制服を着た管理人が常駐している。
玄関からエレベーターまで、全てのドアは指紋認証で開くシステムで、招待された者には来客者用のカードキーが用意されていた。
初めてここへ来た時には驚いたが、なるほど憂火の無精な性格を理解すると、とても便利な住処だという事がわかった。
部屋の中も、最低限の生活しかしない憂火らしい。
部屋を飾る家具より、テレビやパソコンなどの情報を得るための電子機器の方が多い。
一番衝撃だったのは、くの字に並べられたソファーの横に冷蔵庫が置かれていた事だった。
それも、普通に一般的な家庭用の冷蔵庫で自分の身長より大きい物がドーンと置かれているのだ。
中を開けて見ると、ペットボトルの飲料ばかりで、食べ物の匂いは一切無い。
なんとなく嫌な予感がして、冷凍庫の引き出しを開けてみると氷で埋め尽くされていた。
冷凍庫内全て、製氷機のスペース以外の場所までが氷で敷き詰められていたのだ。

地上から80m、向かい合わせに窓の無い視界には、広々と空が広がっている。
だが、別段、部屋の主はその景色を楽しむ気も無いのか、カーテンは閉めたまま、部屋の灯りも必要最低限にしか点けていない。
きっとご近所さんには『いつも居ない住人』だと思われているだろう。
それでも、こうしてちゃんと住所のある場所に憂火が住んでいる事が、リュウトには嬉しかった。
現実味がある。
死神であるけれど、人のように生活し、ご飯も食べ、服を着替え、シャワーも浴びる。
何も必要の無かった睡蓮と比べると、その人間味にホッとしてしまうのが事実だ。
だからだろうか。
こんなに愛しく感じるのは。
憂火の体温に触れて、その熱さを感じれるのが嬉しくて仕方が無かった。
きっと、一度は全てが夢だったと諦めたせいもある。
生死を彷徨った挙げ句、とんでもない無理難題を押し付けられ、一度はそれを受け入れる覚悟をしたのに、ある日、それが全て、自分の前から霧のように消えて無くなってしまったのだ。
残されたのは自分一人。
元の生活に戻れて嬉しい筈・・なのに、彼らからポイと捨てられたようで、心がじわじわと傷ついた。
それで、いい。
終ったのだ。
そう、何度も何度も思い返して、たった一人でベッドに寝る事の辛さに、背を丸めた。
いつもここにあった少し冷たい温もりは、いったいどこへ消えてしまったのだろう。
『あなたの命が尽きるその時まで』
そう約束した睡蓮は、どこへ行ってしまったのだろう。
もう二度と会えない予感がして、リュウトはギュッと目を瞑った。
早く朝が来るように、眠ろう。
きっと明日になれば。
そんな不確かな想いに縋りながら、毎日を送っていた。
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