splash!

□splash! 第4話 
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憂いの火と書いて憂火。

それが、死神の名前。







「1日だけ、オレがアイツの代わりをする」
「え、睡蓮は…?」
「暮に運ばせた。そう心配するな。そんなヤワな作りじゃねえ。うちの医療班に任しておけば、明日の夜には傷一つ残ってねえよ。行くぞ」


憂火は、睡蓮の姿を求めて振り返るオレの肩を抱き、賑やかな祭りの中、雑踏を通り抜けて行く。
何度も振り返ろうとするオレの姿は、この人ごみの中でいったいどんな風に映っただろう。
すれ違う人達と一瞬、一瞬、目が合う。
祭りの中で知り合いとはぐれて一人悲痛な顔をして歩いている様に見えただろうか?
その途中で、テッタとすれ違った。
テッタは『あれ?』と自信なさげに首を傾げている。
人ごみの中、憂火のYシャツを羽織ったオレが『オレ』なのかよく見えなかったんだろう。
「憂火、今、友達が」
「あとでメールしとけ」
オレは憂火に抱き寄せられ、足を止める事は出来なかった。


憂火の姿は誰にも見えていない。
リュウトの背中に回された腕は誰にも見えていない。
けれど、熱い。
リュウトを抱くその手の熱さに、リュウトの胸が疼いた。
睡蓮を助けてくれる約束と引き換えに、リュウトは死神に自分を売った。
リュウトの唯一、死神に求められる能力、『神送り』。
八百万の神々を昇天させるための門を開く事の出来る、この世で唯一の人間だからだ。


憂火は、神社の近くに停めてあった黒塗りの車の助手席にリュウトを押し込むと、自分は運転席側へ回った。
憂火がドアを開け、体を素早く屈めて車に乗り込み、エンジンを駆ける。
静かな心地いい低音が体の下から響いてくる。
「オイ、ベルトしろ」
憂火に顔の向こうを指差され、思わず慌てる。
「え、これ?あれ!?」
リュウトがベルトの金具を引いてもベルトが伸びて来ない。
「アホ、強く引っ張るな」
焦るリュウトの手を憂火の手が重ねて握り、ゆっくりとベルトを引く。
ゆっくりリュウトの体をなぞるようにベルトが引かれ、カチャリと金属音がしてベルトが締められた。
半身乗り出した憂火の顔が近くて、思わずリュウトは顔を伏せた。
その態度に憂火は笑いたいのを堪えて、静かに車を発進させる。
車の中は静かだった。
外を走る車の音や、街の中を流れる音楽、喧噪、そんな日常的な騒音が全部この車の中からシャットアウトされ、まるで水族館の中で魚を眺めているような感覚になる。
「静かだね・・」
ゆったりとシートに凭れたリュウトの呟きに憂火の目尻が下がる。
無言の憂火の横顔をチラリと見たリュウトは、憂火の表情に慌ててまた外へと視線を移した。
普段クスリとも笑わなそうな顔をしている憂火の穏やかな顔を見てしまい、リュウトは少なからず動揺していた。
そのうちに、車はリュウトの家の近くへと着く。
憂火は住宅地にある空き地に車を入れて駐車した。
「車ってここに停めとくの?」
「ああ、別に支障はねえだろ。駐禁も取られた事ねえしな」
「・・・黒塗り、だから?」
「さあな?不吉なオーラが滲み出てるのかもな」
憂火は特に気にした風でも無く、さっさとリュウトの前を歩いてリュウトの家へ向かうと自分の家のように遠慮無く玄関のドアを開け、リュウトに『入れ』と手で、促した。
二人が家の中に入ると、リュウトの母親が玄関へと飛び出して来る。
「リュウト!大丈夫だったの!?何回も電話したのよ!?」
「え、あ、携帯どうしたっけな・・?」
母親の剣幕に押されながらも、スマホを探していると、憂火がリュウトの肩を指でトントンと叩き、自分のポケットからスマホを差し出してくる。
「なんで・・!?」
言掛けて、母親が「え!?」と聞き返してくるのに「何でもない!」と答え、とにかく確認すると着信が20件もある。
それもテッタやトウヤ、クラスの女子からもランダムに着信履歴が残っていた。
「ほんとだ・・全然見てなかった」
「あんたって子は〜!何のための携帯だと思ってんの!?お祭り中に竜巻が起こったってニュースに出たのよ!ホント巻き込まれなくて良かったワ〜!」
リュウトの母親はリュウトの頭をギュッと抱き締めるとヨシヨシとその頭を撫でた。
「わ!ちょっわかったから!もう、オレ大丈夫だったろ!」
焦って、母親の腕から逃れようとすると、母親は冷めた目でリュウトを見つめた。
「何よ・・今更、恥ずかしいわね・・」
「どっちが!」
リュウトは母親を押しのけると、足早に自分の部屋へと向かった。
その後ろをスーツの上着を素肌に羽織った憂火がついて来る。
リュウトは部屋に入るとすぐ憂火を振り向いた。
「憂火!竜巻って」
言掛けて、憂火の掌がリュウトの口を塞ぐ。
抗議の視線を憂火に向けると、憂火がリュウトから視線を外し『閉じろ』と呟いた。
その瞬間、部屋の中の空気が歪み、何か一枚膜が張られたように部屋の中の色彩が落ちる。
「これでお前が泣こうが喚こうが、お前の家族には何も聞こえん・・・」
睡蓮がしていたように部屋の中での事が外に感知されないように、憂火も部屋の中へ結界を張った。
憂火の手がリュウトの口から離れると、リュウトは憂火のスーツの襟にしがみ付いた。
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