戦国BL

□sissou
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「よお。久しいな」
そう言うなり、どっかりと天守閣の上座へと座る父の姿に、アキヒサは呆れ果てていた。

まず、父のアキナガがここにいる事に驚き、次に、その姿に目を見張った。
頬は痩せこけ、薄い浴衣を羽織った体は肉が落ち、細く骨張った足は痣だらけ。
一人で歩く事も出来ないのか、アキナガは供の並原に支えられて、この天守閣の急な階段を上がって来たのだ。
たった一月前、我が城中を我が物顔で闊歩し、寄れば触れば邪神のように荒れ狂っていた人物と同じとは到底思えない。
それに。
今、正に、城の回りを取り囲んでいるのは、この男の軍勢なのだ。
その大将である筈の男が、敵陣の天守閣に、それも浴衣一枚、丸腰という有り得ない格好で乗り込んで来たのだ。
奇襲・奇策にも程がある。
闇に紛れたと言えど、ここまでどうやって上がって来れたのか。
すると、アキナガが口元を緩め、壁を指差した。
「悪いな、行儀が悪いとは思ったが、ここからしか昇って来れなくてな。あとで、腕のいい大工を呼んで直させるから勘弁しろよ?」
指差された壁を窓から覗いて見ると、屋根が鉄の銛に貫かれている。その銛に滑車付きの太い縄がぶら下がり、それが風に大きく揺れていた。
あの身体で、こんな所から昇って来たのかと更に呆れていると、アキナガが胸元から短刀を掴み出し、それを恭しく自分の目の前へと置いた。
「何のつもりです」
冷たく言い放つアキヒサに、アキナガは研ぎ澄まされた視線を一瞬やり、静かに礼をした。

この男は・・!
何を勝手に始める気だ!

カッとなったアキヒサは、すかさずアキナガの座した前に揃えられた短刀を取り上げようと手を伸ばした。
が、それに手が届く前に、アキナガの手がアキヒサの手を掴んだ。
そして、アキナガは、どこか遠くを見るような目で正面を見つめ、口を開いた。
「いい、人生だった・・!お前が、ワシを乗り越えていく先が見れんのが、ワシの唯一の心残りだが・・こうなれば仕方がない。寝首掻かれるとは、全く良く言ったもんだ。見ろ、この半死の身体を。腹を刺されただけなら、3里走って回れた身体が、茶1杯でこのザマじゃ。
最後まで勝手気ままで、悪かった。あとは並原がなんとかする。お前は、ワシの首を持って敵側につけ。ここに居ればワシの二の舞じゃ。いいな?」
そうして、ゆっくりとアキナガはアキヒサの手を放した。
アキヒサは、青褪めたまま身動き一つ取れなかった。



アキナガに毒を盛ったのは、妻に他ならない。


アキナガの3人目の妻、イトは、虎視眈々とアキナガの首を狙っていた。
この時代の婚姻は政略図に他ならない。
人質のように嫁いだアキナガの妻は、誰からも貰い手の無い醜女だった。
実の父親さえ、アキナガへ下る条件だった娘の婚姻に、諸手を上げて喜んだという。
だが、この妻になったイトは、実は誰よりも強かだった。
女というだけで、奥に引っ込んでいなければいけない立場を嫌い、アキナガの目を盗んでは、自分の兄弟や甥と画策し、いつかアキナガの足下を掬おうと目論んでいた。
そして、正に、アキナガとアキヒサの仲違いはイトにとってチャンスだった。
アキナガが、アキヒサに刺されたと聞いたイトは、秘密裏に甥の木田を呼び寄せた。
腹の傷の薬と偽ってアキナガに毒を盛り、そうして衰弱し、寝たきりになったアキナガの仇を討たせるため、木田を立たせた。
「今ぞ、父に刃を向けた謀反者を討て!」と、乗っ取られるとも知らないアキナガの兵を集結させた。
アキナガが死ぬ前に、アキヒサを落とす。
アキナガの跡を継ぐ者が居なくなれば、アキナガの死後は妻側がこの地を支配する。
城から出陣する軍勢を笑顔で見送るイトは、まるで大木を内側から喰って腐らせるシロアリのような女だった。



「並原、介錯せい」
アキナガは鋭く眇めた目を一瞬和らげ、アキナガの側に控えていた並原を見た。
並原は真っ赤な目で、アキナガを見つめた後、両手をついて深々と礼をし、膝立ちから立ち上がると大刀を抜いた。
抜き身の刃が静かにアキナガに向けられ、重苦しい空気の中、それが鈍く光る。
そして、息を細く吐き出したアキナガが、チラと視線を上げた。
アキヒサの向こう、窓の外に、暗闇の中、ぼんやりと三日月が浮かんでいるのが見えた。
数秒、アキナガが目を細め、月を眺める。
「いい月だ・・なあ?」
アキナガは、そうアキヒサに笑い掛けた。
アキヒサは、アキナガの前へ身を乗り出すように膝立ちだった身体を引き、そこへ控えると、姿勢を正して父を臨んだ。
「あなたには、敵いません。父の無念、必ずや」
「たわけぇ!」
アキヒサの台詞を、アキナガが低い声で叱りつけた。
「ワシは、ワシの道を生きた。お前もお前だけの道を生きろ・・それが、男ぞ」
これが、アキナガの最期の言葉となる。
アキナガは、鞘から刃を抜くと懐紙で巻き、自分の腹へ向けて構えた。
アキナガが動く、と同時に、並原の大刀が真っすぐに振り下ろされた。
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