戦国BL

□手紙
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自分が何を求め何のために生きるのか。
住処も捨て、何も持たず、ただ一人の男になり、空を見上げた。
もの言わぬ大きな白い雲がゆっくりと流れていく。
この身ひとつで生きている。
いったい何のために。
その虚しさに、胸が痛む。



何のため?
答えるなら簡単だ。
鷹峰の心は一つに決まっている。

「アンジの為に」

自分の中の何がそうさせるのか。
そう思わせるのか、確かな理由などは思い浮かばなかった。
誰と比べればいいのかもわからないし、比べられる相手もいなかった。

ただ大事だと思うのだ。
愛しいと思うのだ。

例えば、こう両手を広げたとする。
その腕の中にアンジが居たらそれだけで満たされる。
あの笑顔を見られるだけで、声を聞けるだけで、自分の胸が瞬く間に熱くなる。
そんな相手に当てはまる者など、他に誰もいない。
そう、他にはいない。
唯一人の『相手』なのだ。

アンジが御山から下りて以来、烏にアンジの様子を聞くのが、鷹峰の日課だ。
しかし、烏から得られる情報は、大した情報では無い。
「青い着物を着ていた」とか「歩いていた」とか、烏は烏の見たまんまを伝えるのだ。
そんな小さな烏からの情報でも、アンジの様子が少しでも聞ければ鷹峰の心は落ち着いた。
安堵か切なさか、アンジへの気持ちが日々鷹峰の胸を締め付ける。
求めても求めてもどうにもならない想いだけが募っていく。
離れれば離れた分、その量は増していくようだった。
この激情を、そのままぶつけてしまえば良かったのか。

鷹峰は、アキヒサの城で対峙したアンジの姿を、ぼんやりと思い出してみる。
慣れない刀に振り回される姿が、儚く健気で、食いしばった唇の痛々しさに胸の奥がズキリと痛んだ。
アンジは自分を逃がそうと必死で、あんな茶番を演じた。

俺に『逃げろ』と。

お前を攫いに行った俺を庇ってバカな奴だ。
あのまま攫ってしまえば、どんなに良かっただろう?
この腕に抱いたまま、走ってしまえば良かった。
だが、アンジの血を見た瞬間、自分がアンジを不幸にするのかも知れないという不安に襲われた。
俺と一緒に行けば、この戦国の世の中だ。
必ず危険がつき纏うだろう。
そんな生き方がアンジにとって幸せだろうか?
アキヒサの城に住み、何不自由無く暮らせる生活の方がアンジにとっては幸せなんじゃないだろうか?
あの弱々しい体を想って、鷹峰は溜め息を吐く。
俺が守ってやれたら、どんなにいいか。
もしアンジが、アキヒサを倒すことで俺について来るなら・・俺はアキヒサを斬る事を躊躇わないだろう。
きっと簡単だ。
相手は片腕、それも利き腕をなくした男だ。
それこそ、一瞬でケリはつくだろう。

だが、感情というものは足し引きで片がつくものでは無い。
子どものおもちゃみたいに、失くしたからと言って、すぐ代わりになるものなんてない。
アキヒサと離れれば、アンジはまたそれを悲しむのだろう。
心は欠けていくものだ。
欠片は二度と同じ場所には戻せない。
だからこそ、人はこの胸の痛みを抱えながら苦しむのだろう。
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